科学者と一般の方々が現在等しく疑問に思っているのは、安全で効果的なCOVID-19ワクチンが入手できるようになるのはいつなのか、ということです。 人類がさまざまな形で予防接種を行うようになってから、すでに数百年が経過しています。COVID-19のワクチンも簡単に開発できそうに思えます。 しかし、新しいワクチンの開発は現実では科学的に困難な取り組みであり、ラボから診療所までワクチンが届けられるには、まだまだ長い道のりがあります。 この疑問に答えるために、本ブログでは、一般的なワクチン開発手法の概要と、現在および迅速に進んでいるCOVID-19ワクチンの開発ルートについて洞察的な知識を提供します。
詳しくは、最近ACS Central Scienceで公開された記事、『CAS特別報告書 - COVID-19およびコロナウィルスによる関連ヒト疾患のための治療薬やワクチンの研究と開発について』をお読みください。
免疫に通じる数多くの道のり
予防接種の古典的な手法には弱毒生ワクチンと不活化ワクチンの2種類があります。 それぞれポリオと麻疹、流行性耳下腺炎と風疹(MMR)などの病気に対して子どものときに受ける予防接種として広く認知されています。 このような種類のワクチンは大部分の人に効果がありますが、組成の観点から、より安全かつ容易に製造して特性に優れたワクチンを開発するために、現在も大規模な研究が進められています。
安全上の懸念に対応するために、科学者たちは、抗原(または免疫原)とも呼ばれる病原体の素材の投与量を、免疫の誘導に必要な最小限の量に減らそうと試みています。 この顕著な例はDPT(ジフテリア・百日咳・破傷風混合)ワクチンです。ジフテリアと破傷風の毒素を不活化し、百日咳菌の細胞全体または無細胞性の百日咳菌生成物の死菌と組み合わせたものです。 さらに、感染プロセス自体が免疫反応を高める上で効果的であることが分かっているので、遺伝子工学により、ウイルスのカプシドと外膜タンパク質からウイルス様粒子(VLP)を作成する試みが進んでいます。VLPには核酸がなく複製機能を持たないため安全性も高く、しかし完全なウイルス (intact virus) と同じように免疫反応を引き起こす効果があります。 また、病原体の免疫原タンパク質から非病原性または弱毒化したベクター(たとえばアデノウイルス、サルモネラ)を作り出すことができ、これは実際の感染と同様に免疫系を刺激することができます。 最近では、抗原は免疫系による処理のために宿主が符号化タンパク質に翻訳する核酸(RNAまたはDNA)として与えられることが示されています。 表1は全種類のワクチンと例をまとめています。
種類 |
活性成分 |
長所 |
短所 |
ワクチンの例 |
生ワクチン(弱毒化) |
病原体は増殖が可能 |
強力かつ長期にわたる免疫反応(通常は一生免疫による保護が得られる) |
疾患に感染する危険性あり |
結核、MMR、痘瘡、水痘、黄熱 |
不活化 |
化学的または熱処理で増殖不能にした病原体 |
疾患に感染する危険性なし |
比較的弱い免疫反応、追加抗原注射が必要なときがある |
インフルエンザ、A型肝炎、ポリオ、狂犬病 |
サブユニット(タンパク質、多糖、複合体、類毒素) |
病原体の一部 |
疾患に感染する危険性なし |
追加抗原注射が必要なときがある |
B型肝炎、HPV、百日咳、帯状疱疹、髄膜炎菌、肺炎球菌、ジフテリア、破傷風 |
VLP |
ウイルス外膜 |
疾患に感染する危険性なし |
B型肝炎、子宮頸がん、マラリア |
|
組換えベクターワクチン |
対象となる免疫原のキャリアとなる非病原ウイルスまたはバクテリア |
多様な抗原に再利用可能、疾患に感染する危険性なし |
ベクターに対する既存の免疫または免疫の開発 |
現在認可済みのワクチンはない |
DNAワクチン |
プラスミドまたはその他の発現ベクター |
迅速に生成、疾患に感染する危険性なし、再利用可能な技術 |
データなし |
獣医用医薬品(イヌ黒色腫、 |
mRNAワクチン |
疾患固有の病原体タンパク質をコーディングするRNA |
迅速に生成され、病気発症のリスクがなく、 |
効果と副作用は不明 |
現在認可済みのワクチンはない |
ワクチンの手法に影響する要因
表1に示したワクチンの手法にはそれぞれ長所と短所があります。 標的の病原体に対して免疫を誘導する効果的な手法を発見する以外に、各種規制の順守と製造に関する制約(培養、純化、製品の複雑さと安定性)は、ワクチンを首尾よく市場に提供するまでに解決すべき2つの大きな課題です。 このような制約は、標的となる病原体の季節変化と変異により、さらに難易度が上がります。このように、治療手段の選択肢には、ワクチンの効力以外にも多くの要因が存在しています。
弱毒化ワクチンまたは不活化ワクチンを使用する古典的ワクチン開発手法は最も複雑でなく、広く理解されている手法ですが、その製造には特別な施設を必要とする場合があります。 また、不活化した病原体を生成する化学的処理または熱処理では、目的とする免疫反応を生み出す効果が劣化することがあります。 サブユニットワクチンは、特徴がはっきりした免疫原を提供する比較的安全な代替手法ですが、目的のタンパク質抗原が複数サブユニットの膜結合性の非共有結合である場合(SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質はこれに該当する)、製造が困難となる可能性があります。
最近開発されたワクチン技術の中ではウイルス様粒子が、標的病原体をよく模倣しており最も有望です。 しかし、各病原体に個別に作成する必要があるので、開発コストが増加し、市場への提供までの期間が伸びます。 ベクターワクチンは遺伝子組換え非病原性バクテリアまたはウイルスを使用して、異種ワクチン抗原を製造します。 VLPと同様に、ベクターは個別に作成されますが、再利用可能なプラットフォームという長所から、開発時間を短縮してコストを削減できる可能性があります。 一方で、ウイルス抗原キャリアーとしてベクターを使用する短所は、そのベクターに対する既存の免疫または誘導済みの免疫が効果を弱める可能性がある点です。 核酸ワクチンは複雑な抗原産生の問題を回避できるだけでなく、再利用可能技術です。ただし、治療対象の免疫原性の低下を招くことがあります。
COVID-19ワクチン開発ルートの内訳
現在開発途中にある133件のCOVID-19のワクチン候補に関するWHOデータの検証では、公開時点において10件が前臨床試験から臨床試験に前進しています(表2)。 10件のうち4件が不活化ワクチンであることが目立ちます。 興味深いのは、 アストラゼネカ、ノババックス、ファイザー、イノビオなどのワクチン大手は、それぞれがベクター、サブユニット、RNA、DNAという異なったプラットフォームに投資してきているという点です。
プラットフォーム |
候補ワクチン |
開発元 |
臨床評価/規制機関における現在の段階 - コロナウイルスのワクチン候補 |
非複製ウイルスベクター |
ChAdOx1-S |
オックスフォード大学およびAstraZeneca |
第2b/3相 第1/2相 |
非複製ウイルスベクター |
アデノウイルスタイプ5ベクター |
CanSino Biological Incおよび北京理工大学 |
第2相 ChiCTR2000031781 第1相 ChiCTR2000030906 |
RNA |
脂質ナノ粒子(LNP) |
ModernaおよびNIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases:アメリカ国立アレルギー・感染症研究所) |
第2相 NCT04405076 第1相 NCT04283461 |
不活化 |
不活化 |
Wuhan Institute of Biological ProductsおよびSinopharm |
第1/2相 ChiCTR2000031809 |
不活化 |
不活化 |
Beijing Institute of Biological ProductsおよびSinopharm |
第1/2相 ChiCTR2000032459 |
不活化 |
不活化 + ミョウバン |
Sinovac |
第1/2相 NCT04383574 NCT04352608 |
タンパク質サブユニット |
全長組換えSARS CoV-2 |
Novavax |
第1/2相 NCT04368988 |
RNA |
3 LNP-mRNAs |
BioNTech、Fosun Pharma、Pfizer |
|
不活化 |
不活化 |
Institute of Medical BiologyおよびChinese Academy of Medical Sciences |
第1相 |
DNA |
DNAプラスミドウイルスと電気穿孔法 |
Inovio Pharmaceuticals |
第1相 NCT04336410 |
*出典:https://www.who.int/publications/m/item/draft-landscape-of-Covid-19-candidate-vaccines (2020年6月9日現在)
これらのCOVID-19ワクチン候補は、できる限り早期にワクチンを市場に出して多くの人々の命を救えるよう、安全性と有効性のテストの迅速化に向けて規制機関から前例のない自由を与えられています。 しかし、SARS-CoV-2に対する防御免疫のパラメータは完全には定義されていないことを忘れてはいけません。有望なワクチンを判断するのは、まだ早すぎます。 従って、膨大な世界的研究投資の結果を受けてワクチンを成功裏に開発することは非常に重要ですが、COVID-19のワクチンが広く利用可能になるまでどの程度の時間がかかるかは、未だわからないのが現状です。
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