AIを使った医薬品開発テクノロジーの台頭

Janet Sasso , Information Scientist, CAS

人工知能 - 大きなビジネスチャンス

人工知能(AI)産業は、デジタル技術の最先端にあり、ビジネスを変革しています。2023年には、5,000億米ドルの価値を持つと推定されているほどの規模なのです。 しかし、その進歩は「人間と機械」の二極化という議論をしばしば引き起こしています。 ロボットが人から仕事を奪い、世界を支配することはあるのでしょうか。

IDCのレポートによると、2022年の世界のAI市場の支出は前年比19.6%増の4,328億ドルに達し、2023年には5,000億ドルの大台を突破する勢いだとしています。 IDCでは、AIサービスが年複利成長率(CAGR)22%と最速で支出が伸びると予測しており、また調査対象の全AIソフトウェアの中では、AIプラットフォームが最大の成長(CAGR 34.6%)になるともしています。

AIによる医薬品開発プロセス

現在では、医薬品の同定、検証、開発、そして臨床使用の承認には平均で10〜15年かかるのが標準的となっています。 新薬の発売には多数の課題があります。その中でも顕著なのが26億ドルと推定されるコストであり、しかも承認率はたったの12%でしかありません。

AIによる創薬の再発明

デジタル化に関しては、製薬業界は最先端研究の最前線にあります。そこでは、AIによってもたらされる薬剤設計での進歩がうまく活用されています。 AIはヒット化合物とリード化合物を認識でき、薬物構造設計を最適化しながら、創薬ターゲットの検証を迅速に行うことができます。

ある種のAIアルゴリズム(Nearest-Neighbor Classifiers、Radio Frequency (RF)、Extreme Learning Machines、Support-Vector Machines (SVM)、Deep Neural Networksなど)が合成可能性に基づく仮想創薬スクリーニングに用いられ、標的分子の物理化学特性、生物活性、毒性などをバイアスなく予測することができます。

AIによる薬剤設計は、タンパク質の3D構造を予測し、合成前に化合物の効果と安全性に関する重要な情報を提供することで、構造ベースの創薬に役立っています。 また、リガンドとタンパク質の相互作用を正確に予測するのにもAI手法が利用されており、それによって最終的には治療効果の向上が確保されるようになります。 AIによる創薬ターゲットの相互作用の予測は、ドラッグリパーパシング(既存薬再利用)や多重薬理の回避にも利用され、大幅なコスト削減をもたらす可能性を秘めています。

AIは、de novo分子設計で利用することでも役に立っています。これは、オンラインでの学習および学習済みデータの最適化を同時に実行できるのと、化合物に対して可能な合成経路を提案することで、素早いリード設計と開発につながるためです。

最後に、AIを活用したサーチソリューションなら、特許のエコシステム全体において、効率と特許品質両方を向上させる重要な役割を果たすこともできます。 複雑な先行技術調査の実施と精査ができるため、特許審査官は他の業務に時間を割り当てられるようになり、審査の遅延を抑えることができます。

人間と機械 - 共存は可能か

AI創薬プロセスには無数の応用があるとはいえ、創薬でAIを利用することには難点もあるため、そのプロセスには今後も人の手の介在が不可欠となります。 生成される予測の質は、アルゴリズムの設計に大きく依存しています。 また、AIにはアルゴリズムのバイアスも存在しており、よって科学者によるアルゴリズムの検証も不可欠です。 スーパーコンピューティングおよび高スループットスクリーニングのコストは下がってきてはいるものの、依然として相当な額になっています。

こういった課題に対する解決策のひとつとして、HITL (Human in the Loop) AIが期待されています。これは、AIとロボティックスの効率性と、研究者のインプットやアイデア、そして包括的な判断を組み合わせることで、時間とリソースを節約しながら、失敗を最小化するものです。 この取り組みはアステラス製薬でも採用されており、あるHITL手法では、ヒット化合物から医薬品候補化合物の獲得までの時間を、約70%短縮することが実証されています。 CASでは、AI設計による新薬としては初めてヒト臨床試験が行われる3つの候補に対して、その構造的新規性の評価を行いました。 最初の医薬品候補であるDSP-1181は、2020年初頭にExscientia社により報告されました。 その後、2つの医薬品候補(EXS21546とDSP-0038)も追加されているほか、他も控えています。Exscientia社以外にも、Insilico Medicine社、Schrodinger社など複数の企業がINDのための前臨床試験を実施しており、この大きなマイルストーンに向けて事態は急速に進展しています。 

AIによる医薬品開発が、治療法発見の最適化をもたらすという利点に対して、異論はないでしょう。AIは、革新的な科学的思考と組み合わせることで、技術の限界を押し上げるために活用することができるのです。 AIと化学の状勢についてより詳しく知るには、CAS Insightsレポートをお読みください