2023年最大の科学のブレークスルーと最新トレンド

CAS Science Team

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イノベーションの速度は決して緩むことがありません。ここで紹介する科学のブレークスルーの影響は、私たちの生き方や働き方、そして周りの世界との私たちのつながり方を再定義することになるでしょう。  

 


 

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宇宙探査の新時代 

宇宙探査の新時代

宇宙が信じられないほど広大だと、認識を新たにするような出来事が起きました。 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡から、初めての写真が届いたのです。そしてそれは、畏敬の念を抱かせるものでした。 これは、今までで最も技術的に高度で強力な望遠鏡です。これにより得られる宇宙の知識は、今後何世代にもわたり、将来のミッションや探査につながっていくことでしょう。 最近では、新たな月探査ミッションがNASAのアルテミス計画として開始されました。これも、将来の火星探査への道を切り開くものとなります。 この宇宙探査の新時代は、宇宙航空学以外の分野の技術的進歩を促し、材料科学や食品科学、農業、さらには化粧品に至るまで、実社会での応用を発展させるのです。

AI予測におけるマイルストーン

AI予測におけるマイルストーン

科学コミュニティでは、タンパク質の機能と立体構造の関係をより詳しく理解すべく、何十年にもわたってその解明に取り組んできました。 そんな中、2022年7月のDeep Mind社は、AlphaFold2RoseTTAFold、そしてtrRosettaX-Singleのアルゴリズムを用いることで、タンパク質分子の折りたたまれた立体構造はその直鎖状アミノ酸配列から予測できることを明らかにしました。 このアルゴリズムの予測により、構造データが不明なヒトタンパク質の数は、4,800個からわずか29個まで減少したのです。 AIには常に課題が付きまといます。それでも、タンパク質の構造を予測できるようになると、ライフサイエンスのあらゆる領域に影響を及ぼします。 今後の主な課題は、天然変性のタンパク質や、翻訳後修飾や環境条件により構造が変化するタンパク質のモデリングなどになります。 タンパク質のモデリング以外でも、AIの発展は多くの産業と学術分野でワークフローを再構築し、そして発見能力を拡張し続けています。

合成生物学における発展中のトレンド

合成生物学における発展中のトレンド

合成生物学には、治療薬、香料、繊維、食品、燃料など、さまざまな生体分子や材料の製造に人工生物系(ゲノムの大部分またはゲノム全体が設計または操作された微生物など)を用いることで、合成経路が再定義されるほどの可能性を秘めています。 例えば、豚の膵臓を使用しないインスリン、牛を必要としない革、クモを必要としないクモの糸が製造可能になる可能性があります。 ライフサイエンス分野だけでも信じられないほどの潜在的可能性があるところ、この合成生物学を製造業に応用すれば、将来のサプライチェーンの課題を最小化し、効率を高め、よりサステナブルなアプローチでバイオポリマーや代替素材を生み出す新たな機会が得られるようになります。 現在は、AIベースの代謝モデリングやCRISPRツール、そして合成遺伝回路などを使用することで、代謝の制御をはじめ、遺伝子発現の操作やバイオプロダクションの経路構築などが行われています。 この分野は、枠を超え複数の産業に広がり始めています。代謝の制御と工学の課題に関する最新の開発状況と新たなトレンドは、2022年のJournal of Biotechnology誌の記事で紹介されています。

単一細胞メタボロミクスは飛躍的に進歩する 

単一細胞メタボロミクスは飛躍的に進歩する

遺伝子配列解析とマッピングの研究は大きく進歩した一方、まだ細胞に関してはゲノム解析でそれにどんな能力があるのかまでしか知ることができません。 細胞の機能を詳しく理解するためのプロテオミクスとメタボロミクスのアプローチは、それぞれ異なった切り口から分子の特性と細胞内経路を明らかにします。 単一細胞メタボロミクスにより、生体システム内の細胞内代謝のスナップショットが得られます。 ただ、課題はメタボロームが急速に変化することであり、そのため細胞の機能を理解するためには試料調製が重要になってきます。 単一細胞メタボロミクスにおける(オープンソースの技術、高度なAIアルゴリズム、試料調製、新しい形態の質量分析などによる)最近の進歩を総合すると、詳細な質量スペクトル分析が可能であることがわかります。 これにより、研究者は細胞単位で代謝産物集団を判断することができ、診断の可能性が大きく広がります。 将来的には、生体内の単一のがん細胞を検出できるようになる可能性すらあります。 新しいバイオマーカー検出法や、ウェアラブル医療機器、そしてAI支援によるデータ解析を組み合わせることにより、これら一連の技術は、診断と生活を向上させることでしょう。

新しい触媒でよりグリーンな肥料生産が可能に

新しい触媒でよりグリーンな肥料生産が可能に

毎年、数十億もの人々が継続的な食料生産のために肥料に頼っています。肥料生産におけるカーボンフットプリントとコストを削減することにより、農業が排出量に与える影響を変えることができます。 肥料生産で使われるハーバーボッシュ法では、窒素と水素をアンモニアに変換します。 変換時のエネルギー消費量を削減させるため、東京工業大学の研究者らは、窒化ランタン担体上に触媒活性を有する遷移金属(Ni)を含有した、水分が存在する状態でも安定した活性を維持する貴金属フリーの窒化物触媒を開発しました。 この触媒はルテニウムを含まないため、低コストなカーボンフットプリント削減のアンモニア製造方法の選択肢が登場したことになります。 La-Al-N担体は、ニッケルやコバルト(Ni、Co)などの活性金属とともに、従来の金属窒化物触媒と同程度の速度でNH3を生成します。 サステナブルな肥料生産の詳細に関しては、最近のCASの記事をご覧ください。

RNA治療薬での発展

CRISPRとRNAでの発展

mRNAは、COVID-19ワクチンでの応用で注目されましたが、RNA技術の真の革命は始まったばかりです。 最近、新しい多価ヌクレオシド修飾mRNAインフルエンザワクチンが開発されました。 このワクチンは、20種類の既知のインフルエンザウイルスのサブタイプすべてに免疫防御をもたらし、将来的な感染爆発を防ぐ可能性を持っています。 まれな遺伝性疾患の多くが、mRNA治療の次の目標になっています。これは、そこでは多くの場合重要なタンパク質が欠落しているため、mRNA治療で健康なタンパク質と置き換えることで治癒できる場合があるためです。 mRNA治療薬のほかにも、臨床パイプラインには複数のがんのほか、血液・肺疾患に対するRNA治療薬候補がたくさんあります。 RNAは標的性に優れ、多目的性がありカスタマイズも容易なため、広範囲にわたる疾患への応用が可能です。 活気にあふれるこのRNA技術の臨床パイプラインと最新トレンドに関する詳細は、CAS Insights Reportの最新号をご覧ください。

急速な骨格変換

急速な骨格変換 

合成化学では、分子構成における単一の原子を安全に入れ替えることや、分子骨格における単一の原子を挿入または削除することは、困難な課題でした。 周辺置換基で分子を官能化する方法(C-Hの活性化など)は多数開発されているものの、有機化合物の骨格の単一の原子に対して修飾を施す方法は、シカゴ大学のMark Levin氏のグループが最初に開発したものです。 これにより、ピラゾールやインダゾールの核のN-N結合を選択的に開裂し、ピリミジンやキナゾリン類を得ることができます。 骨格編集法がさらに発展すれば、市販分子が急速に多様化し、より速い機能分子や理想的な医薬品候補の発見につながる可能性があります。

四肢再生の前進

四肢再生の前進

2050年までに、四肢欠損の患者は年間360万人を超えると予測されています。 長い間、科学者たちは、四肢再生の鍵を握るのは神経の存在だと信じていました。 ところが、Muneoka博士らの研究により、哺乳類の指の再生に機械的負荷が重要であること、そして神経がなくても再生が阻害されないことが明らかになりました。 また、タフツ大学の研究者らによるウェアラブルバイオリアクターでの急速多剤投与を用いたカエル四肢の長期的な再生の成功でも、四肢再生の研究は大きく発展しています。 この初期の成功は、より大規模で複雑な人体の組織再形成の進歩につながる可能性があり、最終的には退役軍人や糖尿病患者、また四肢の切断や外傷を受けた人々に恩恵を与えることになるでしょう。

核融合の点火でエネルギーの純増に成功

太陽の核融合の写真

核融合とは、太陽や恒星の動力源になっているプロセスです。 核融合をエネルギー源として地球上で再現できれば、理論上は地球で将来必要になるエネルギーをすべて供給できると考えられるため、何十年にもわたって研究されてきました。 その目標は、軽原子を強く衝突させて融合させ、消費した以上のエネルギーを放出させることでした。 しかし、正の原子核同士の電気的反発に打ち勝つには、非常に高い温度と圧力が必要になります。 この反発を乗り越えられれば、核融合は膨大なエネルギーを放出し、それが引き金となって周辺の原子核の融合も誘発するはずです。 今までの核融合の試みでは、強磁場と強力なレーザーを使用していましたが、消費した以上のエネルギーを生み出すことはできていませんでした。

ローレンスリバモア国立研究所の核融合実験点火施設の研究者によると、核融合の点火に成功し、投入レーザーエネルギー2.05メガジュールに対して3.15メガジュールのエネルギーを発生させたとしています。 これは記念すべきブレークスルーであることは間違いないものの、核融合炉が実用化されて送電グリッドへ電気の供給が実現するには、まだ何十年もかかる可能性があります。 実現までには解決すべき大きなハードル(拡張性、発電所の安全性、レーザー発生に必要なエネルギー、無駄になる副産物など)が数多くあります。 とは言え、核融合点火の成功というブレークスルーは大きなマイルストーンであり、この成果を土台に今後の進歩に道を開くことは間違いありません。