電池から創薬まで - カーボンナノチューブの新たな応用

CAS Science Team

Multi-walled Carbon Nanotube

カーボンナノチューブ(CNT)は、ナノメートル規模の構造体で、さまざまな材料を改善する大きな可能性を秘めています。ただ、その化学的・電気的特性において非一貫性があったり、また純度やコスト、そして毒性に対する懸念などから、現在も課題が残っています。 CNTは、sp2混成炭素格子からなる一次元炭素同素体で、円筒形をしています。 単層CNTは単純な円筒になっているのに対して、多層CNTは同心円状に入れ子構造になっていたり、巻物のような層になっています(図1)。

バイオセンサー
図1:(a)単層カーボンナノチューブ(SWCNT)、(b)二層カーボンナノチューブ(DWCNT)、(c)多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の構造。 Rafique, I. et al., (2016)より許可を得て転載。 Copyright 2016 Taylor & Francis.

これらのナノスケール材料は、高いヤング率(Young's modulus)と引張強度を特徴としており、金属の電気特性を持つ場合と、半導体電気特性を持つ場合とがあります。 CNTは、原子配列(キラリティ)を制御することで、その導電性が変化します。このことから、研究者は合成パラメータを使って予測可能な電気特性を持ったCNTを作り出せないかと、その理解に努めてきました。 過去20年の間に、CNTを合成するためのさまざまな化学蒸着(CVD)ベースの手法が開発されたことで、この状況は改善されてきています。

出版公表された科学知識を人手で収集したものとしては世界最大のCAS コンテンツコレクション™を使った分析では、CNTの特許活動は増加しており、このことは、商業的応用に対する関心の高さを示しています(図2)。

図2
図2:ジャーナルのトレンドと特許のトレンド含む、出版全体のトレンド、2000年~2023年

電池技術における特許の増加

CNTは、その強度と導電性のお陰で、電池材料として有益です。これは、充放電サイクル中に機械的支持も提供するため、電池寿命を延ばしながら同時に導電経路としても機能するためです。 CNT関連の文献を分析したところ、特許文献では、電池に関する言及がジャーナルよりも約3倍多いことが明らかになりました。 (図3)

図3
(A)個々のカーボンナノチューブの応用に関連するジャーナル(外側)と特許(内側)の分布を示す円グラフ。 (B)特定の応用における特許とジャーナルの分布。 データには、2003年~2023年のCAS コンテンツコレクションにおけるカーボンナノチューブでの学術誌と特許出版物が含まれている。

 

図3b
図3(b)

これら出版トレンドは、CNTの商業的可能性と、増加傾向にあるEVやスマートデバイス向けの電池として使用される可能性を反映しています。 無数の電池関連特許が中国、韓国、および米国にて出願されており、それはこれら地域における大型家電業界や電気自動車メーカーによって推進されているためと考えられます。

図3c

図4
図4: 商業組織における主要特許譲受人と商業特許公開の地理的分布。

CNT関連の文献では、複数の電池化学が言及されています。その中ではリチウムイオン電池が大半を占めているものの、近年では亜鉛イオン電池が記載された文献がとりわけ高い成長率を示しています。 亜鉛イオン電池において、CNTは、高表面積の機械的弾力性を持った柔軟で電子伝導性のある足場を形成することによって、他の正極活物質を支える役割を果たします。 これにより、充放電サイクルを繰り返した後のレート特性と容量保持能力が向上します。

図5:電池の種類別の論文数と特許数の増加
図5:電池の種類別の論文数と特許数の増加

MXeneナノ材料が登場したことで、これも電池の電極への利用という点で関心を集めています。 この場合、CNTはMXeneシート間の空間を制御し、シートの再積層を防ぐために使用します。それにより、イオン輸送が向上します。 CNTとMXeneの組み合わせは、スーパーキャパシタに使用することでエネルギー貯蔵にも応用できます。ただし、これは引用として、しかも主に学術論文の中で登場しているだけであり、それはこれがまだ、大規模な商業化の目途が整っていないことを示唆しています。

複合材料への応用は順調に増加

1990年代初頭に発見されて以来、CNTの主な用途は複合材料でした。その機械的強度と高い熱伝導性・電気伝導性が役立っています。 CNTは、スポーツ用品から工業用コーティングまで、幅広い製品に使用されています。 現在では、CNTの論文で言及されている用途として、ハイドロゲル、エポキシ樹脂、再生可能な生分解性ポリマーのポリ乳酸(PLA)などを含む各種ポリマーへの利用などが登場しています。 これらの事例の中には、脆弱な材料を補強し、機械的に過酷な用途に耐えられるようにするためにCNTが使用されているといったケースも見られます。 (図6)

サンキーチャート
図6: CAS コンテンツコレクションのジャーナル出版データに基づいた、CNTの複合材料、その応用とポリマーそして金属の関係を示すサンキーチャート。

その他の注目すべき引用として、CNTとポリマーマトリクスを組み合わせて電磁波シールドにするといったものなどもあります。 複合材料に関する出版物がジャーナルと特許のどちらにも多いのは、CNT複合材料のイノベーションが、商業的な応用においても、そしてもっと実験的な応用においても実現可能性があることを示しています。

センサーとバイオメディカル用途の研究への関心

CNTの研究で、まだ大規模な商業化には至っていないものの、大きな可能性を秘めている2つの分野として、センサーと薬物送達などバイオメディカル用途が挙げられます。 センサーは、CNT関連のジャーナルで言及されている応用として、2番目に大きな分野です。 CNTは、化学的センサーにも、またはメカニカルセンサー、たとえばひずみの測定や人間の動作感知のための圧力の検出、といった事にも使うことができます。 その強度やアスペクト比、導電性、そして化学的機能を持たせられるといったことから、刺激を変換したりまた伝達したりするのにCNTは有用です。センサーとしての可能性が認められるのも当然と言えます。

CASの分析によれば、CNTに関するジャーナルの14%がセンサー関連であるのに対し、特許文献ではわずか7%でしかないことが明らかになっています。 これの説明として考えられるのは、実験室でセンサーを製作するには、現在の開発段階ではまだ多くの労力や高価な材料が必要であり、商業的に実現可能な水準ではないということです。 別の考え方として、実験室で考案されたセンサーは単なる概念実証でしかないかもしれないということや、そこで利用された標的刺激は、商業的な関心がまだ比較的低いものだったため、という可能性も考えられます。

実はCNTのバイオメディカル応用でも同様のことが起きており、学術文献では9%を占めるのに、特許文献では3%に過ぎません。 CNTは、薬物送達ステントの補強材や、神経カテーテルの導電性材料、そして骨インプラントの抗菌・構造材料としてすでに使用されています。 こういった応用は有望である一方、CNTはその純度やサイズ、または形状によって毒性を示す場合があります。 そのため、商業化に先立ち、より多くの臨床試験を通して具体的なバイオメディカル用途を十分に検討する必要があります。

図7
図7: バイオメディカルでの応用に関する学術文献と特許文献の増加

環境修復への応用の可能性

CNTには高い表面積と化学的なカスタマイズ性があることから、環境汚染物質の吸着除去やその他の除去に理想的です。 また、共触媒を用いて修飾・調整することで、特定の汚染物質との反応性を高めることもできます。 例えば、CNTで強化されたランタン-ガドリニウム-酸化鉄-ペロブスカイトは、CNTを含まないペロブスカイトと比較して、フェノールレッドの分解における光触媒作用の向上が示されています。

また、CNTは廃水処理の吸着剤としても使用できます。 シプロフロキサシンという、水生生物に有害で除去も困難な抗生物質を除去することに、CNTを使って成功しています。 それ以来、環境汚染物質を除去することを目的とした、CNTとバイオ炭の性能比較の引用が大幅に増加しています。

CNTと環境修復に関連したジャーナル論文は、特許出版物よりもはるかに多くなっています。 この理由として考えられるのは、CNTのコストは高いことから浄化活動には経済的に無理であるということ、または効率を向上させるためには、より多くの基礎研究がまだ必要である、といったことなどが挙げられます。

CNTで今後克服する必要のある課題

CNTの応用は、エネルギー貯蔵や耐久消費財、エレクトロニクス、環境修復、そしてバイオメディカル機器など、多岐にわたります。 そのユニークな特性により幅広い製品で役立つものの、精度が要求されることから、その利用はまだ困難になっています。 CASの分析によれば、合成パラメーターを調整することでサイズとキラリティを制御する方法が、依然として活発な研究分野となっています。 CNTの電気的特性はキラリティによって決定されるため、課題次第ではこの研究によって解決されるものが出てくる可能性があります。

さらなる研究、特にin vivoや臨床試験によって、バイオメディカルの応用における毒性のリスクを理解できるようになるはずです。 CNTの生成量が増えれば増えるほど、研究者はその純度を理解そして管理できるようになります。 生産量を拡大させることでも、現在のコストの問題は解決できます。そうなれば、環境修復ソリューションや、その他コスト重視の用途においても、CNTのさらなる開発に拍車がかかるかもしれません。

いまだに研究には高いハードルが存在しているものの、イノベーションが続けば、CNTはその大きな商業的可能性を達成できるはずです。