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創薬は常に進化し続けており、免疫療法や遺伝子療法など、数多くの新たな分岐が起きている研究分野です。 開発での最前線では、科学者たちは進歩を妨げている課題に多数直面しています。 より経済的そして医学的に成功する研究を将来的に進めるには、業界がコストを削減し、創薬の効果を高める対策を講じることが不可欠です。
より効果的な創薬の妨げになっているものとして、コストの上昇、モデリングの限界、そして根本的な疾患メカニズムに対する誤解といった課題があります。 研究が新たなモデリング技術の推進へと向かっている現在、ここで以下を確認してみたいと思います。つまり、こういった課題に対して、業界はどのように取り組もうとしているのか。そして、 現在の取り組みはうまくいっているのか、ということです。
創薬の現在の状況
創薬は、たくさんの異なった分野を包含する、広範な研究分野です。 新薬候補の特定には、多くの場合、学際的な研究者チームが各自の専門知識を結集し、多角的に問題に取り組む必要があります。 創薬における課題について考えるということは、さまざまなキープレイヤーが直面している課題を特定することでもあります。 さらに、治療学をめぐる情勢は現在あまりに多様化しているため、開発される医薬品の種類によってそれぞれ専門の知識が必要とされることになり、そこでこのキープレイヤーも、それに応じて異なってくる状態になっています。
治療薬の種類 | 主な適用例 | キープレイヤー |
低分子 |
抗生剤、抗ウイルス薬 |
分析化学者 化学エンジニア |
タンパク質 | インスリン、HPVワクチン | 免疫学者 バイオテクノロジスト |
抗体 | トラスツズマブ(ハーセプチン)、 ペルツズマブ(ペルジェタ) |
免疫学者 バイオテクノロジスト |
細胞療法 | 幹細胞治療、 CAR-T細胞療法 |
免疫学者 バイオテクノロジスト |
遺伝子治療 | Luxturna、 CTX001 |
|
化学修飾アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)、 N-アセチルガラクトサミン(GalNAc) リガンド修飾短鎖干渉RNA(siRNA)コンジュゲート |
バイオインフォマティシャン バイオテクノロジスト |
創薬における課題は、それに関わるすべての業界に及ぶこともあり、そうなると業界の情勢全体に影響を与え、さまざまな影響を引き起こしかねない広範囲な問題になってしまいます。
高騰するコストに対応する
創薬はリスクを伴う投資です。 第1相臨床試験(ヒトを対象とした最初の臨床試験)に進む新薬候補のうち、FDAの承認を得られるのは全体の14%未満と推定され、そしてそこに達する新薬は平均で10~15年の歳月と25億ドルの投資を要しています。 研究開発費は増加してきている一方、それに見合った割合で承認薬の数が増加していないことから、承認薬には毎年大きい投資が必要になってきていることを意味していることになります。
投資リスクが高まっているため、新薬候補で利益を上げる可能性を高めることが非常に重要になります。 これを達成するためには、複数の要因を考慮する必要があります。
- 医薬品設計の根底になっている疾患メカニズムの理解が不足していること
- 疾患モデリング技術が不正確であること
- 患者に対してモデル結果をうまく適用できていないこと
創薬の課題のうち、財務的なものに関しては、上記すべての要因に同時に対処する多面的アプローチで取り組むことができます。 理想としては、業界としてモデリング技術の有効性を高めていくことになります。それは、そうすることによって、根底にある疾患メカニズムをより深く理解し、潜在的な薬剤ターゲットをより正確に同定することができるようになるためです。
動物モデルから脱却する
こういったモデリングでの限界や根本的な疾患メカニズムに対する理解不足に関しては、動物モデルがはらんでいる問題を取り上げることで、それらを浮き彫りにすることができます。 創薬や薬剤開発におけるヒトへの毒性予測では、動物実験は何十年間も最先端でした。その一方、動物モデルにも欠点がないわけではありません。 これには以下が含まれます。
- ヒトの反応の予測はまれにしか正確でないこと
- 動物を取り扱うことによって研究期間が長期化しコストも増加すること
- 倫理的にマイナスの影響があること
特に懸念されるのは、薬剤に対するヒトの反応を予測する動物モデルの能力です。 長い間、それは正確だと想定されてきたところ、最近の研究では実はそうではないことが示唆されているのです。 これは創薬プロセスにとって、主に2つの問題をもたらします。
- 薬剤候補がヒトに対して安全であると誤って識別され、臨床試験が承認される可能性があること。
- 薬剤候補がヒトに対して安全でないと誤って識別され、臨床試験から除外される可能性があること。
いずれの場合も、時間と費用とリソースの無駄につながります。
iPS細胞の力を活用する
創薬のモデリングにおける重要な進歩の一つが、人工多能性幹細胞(iPSC)です。 この技術は、多能性幹細胞を、疾患をモデル化する細胞へと分化させるもので、それによってin vitroで疾患の表現型を正確に再現することができます。 iPS細胞はヒトの疾患モデルとして開発できるため、動物モデルでは不十分な領域での医薬品開発に役立てることができます。
iPSCは、このように患者の分子や細胞の表現型を反映できるため、より正確な創薬ターゲットの同定が可能になり、動物モデルを使うよりもヒトでの薬剤の安全性プロファイルをより正確に予測ができる可能性があります。 創薬の大きな課題のひとつである種間比較というハードルがないiPS細胞は、理論的には創薬ターゲットの誤同定の可能性が低いため、臨床で失敗してしまうようなリード候補を臨床開発に進める可能性も低くなります。 さらに、潜在的な安全責任に関しては、動物細胞や不死化ヒト細胞株で行う試験よりも、より正確に分子レベルや細胞レベルで読み取ることができるはずです。 iPSC技術のこうした理論的な利点はまだ実験的に証明されてはいないものの、公表されているデータの初期分析によれば、iPSCは動物モデルよりも正確な疾患モデリング能力が高いことが示唆されています。
iPSCを使うことは、疾患メカニズムの理解を深めることにもつながります。 iPSCの方が動物よりも正確に疾患をモデル化できるため、複雑な生物学的全体像をはるかに多く捉えることができるからです。 このようにして、iPSCを利用することにより、動物モデルの特異性の低さと、疾患メカニズムの理解の必要性という、2つの課題に同時に取り組むことができます。 この種のモデリングと従来の方法とを併用することで、失敗に終わる創薬ターゲットの数を減らし、開発コストを削減することができるのです。
人工知能を応用する
コンピュータモデリングは、計算化学やバイオインフォマティクスの形で創薬の課題克服に長い間貢献してきました。しかし今やAIが進歩したことで、これを新たな高みへと引き上げることができます。 最近のAIの普及に伴い、製薬開発部門も、どのようにしてこの強力なツールから恩恵を得られるかを問うようになりました。そしてそれがAI創薬の発展につながったのです。
現在では、いくつかの企業が、さまざまな創薬ニーズに対応するAIプラットフォームとパイプラインを提供しています。これには、以下が含まれます。
Exscientia | 低分子薬の創薬にAIを応用 |
Recursion | フェノミクスやorthogonomicsなど細胞挙動に関する洞察を得るためにAIを利用 |
Insitro | 疾患に関する洞察を得るために集団規模のデータと細胞ベースの疾患モデルに機械学習を活用 |
Valo Health | 患者ベースのデータにAIを適用 |
Cellarity | 単一の標的ではなく細胞全体にわたって疾患を確認するためにAIを利用 |
AbCellera | 抗体創薬にAIを応用 |
XtalPi | 低分子と高分子創薬のためのAI |
Atomwise | 低分子創薬にAIを応用 |
Schrödinger | 低分子および生物学的製剤の創薬のためのAI |
こういった技術的進歩を活用することで、企業はコストを削減し、医薬品候補が承認される可能性を高めることができます。 ドイツのバイオテクノロジー企業Evotec社では、この方法によってExscientiaと共同で発見した免疫腫瘍薬を、ヒト臨床試験に投入すると2021年に発表しました。 こういった提携に加え、既存パイプラインにAIを統合させていくことで、将来の創薬の道が切り開かれていくことでしょう。
創薬の課題に対処するにあたって
従来の動物モデリングの課題に対し、それよりも新しいAIやiSPC技術が研究で活用されて取り組まれるようになると、飛躍的な進歩が見られ、その結果時間やリソースの無駄が排除され、そして創薬ターゲットが成功する可能性が高まるようになってきています。 これらの技術はいずれも研究コストを削減し、新薬候補の成功の可能性を高めることから、今後10年間で創薬にかかる費用と承認薬との間の経済的なギャップが縮まる効果が期待されます。
このように業界の将来の姿が形成され始めている中、競合他社に遅れを取らないようにするためにも、業界各社はこれらの新技術を既存の創薬パイプラインに統合する努力が求められています。