ハンチントン病を治すことはできるのでしょうか? PolyQ病や希少疾患の研究トレンド

Rumiana Tenchov , Information Scientist, CAS

Human brain

神経変性疾患は、世界中の何百万人もの人々の生命に重大な被害を及ぼしています。 これら複雑な疾患には、多くの遺伝的そして非遺伝的要因が関与しています。しかし、いずれも病的なタンパク質の凝集や、プロテオスタシス(タンパク質の合成、フォールディング、分離、分解のプロセス)において問題があるのが特徴となっています。 神経変性疾患で最もよく知られているのはアルツハイマー病とパーキンソン病で、これらは長寿命化に伴って老化の影響が顕著になるに従い、ますます一般的になってきています。 ところが、それとは別にポリグルタミン病(PolyQ病)と呼ばれる、ハンチントン病を含む神経変性疾患のグループも、治療を探求する研究者にとってさらなる課題となっています。

PolyQ病は、シトシン-アデニン-グアニン(CAG)トリヌクレオチドリピートの異常伸長が特徴で、その結果ポリグルタミン鎖が異常伸長したタンパク質が産生されます。 これは稀な疾患とされており、平均患者数は10万人に1~10人程度であるものの、単発性の神経変性疾患の中では最大の疾患グループとなっています。 治療法も予防法もないこれらの疾患は治療が複雑であり、またその遺伝的な性質から家族全員に深刻な影響を及ぼすこともあります。

そこでCASでは、生命を脅かすこういった疾患を対象とした研究のブレークスルーと現在進行中の課題などをより的確に把握するべく、人の手で収集・精選された科学情報のコレクションとしは世界最大のCAS コンテンツコレクションTMの分析を行いました。

PolyQ病とは

PolyQ病には、9種類の疾患が存在します。ハンチントン病(HD)、脊髄小脳失調症(SCA)1型、2型、3型、6型、7型、17型の6種類、歯性淡蒼球筋萎縮症(DRPLA)、そして脊髄・球脊髄性筋萎縮症(SBMA)です。 これらは、X連鎖性で男性にのみ発症するSBMAを除き、すべて常染色体優性遺伝です。

PolyQ病では、CAGリピートの数と発症時の年齢との間に逆相関を示します。 世代が進むにつれ、疾患の重症度は増加し、そして発症年齢は減少する傾向があります。

それぞれの疾患に関与するタンパク質は、その機能も細胞内の位置も異なっており、影響を受ける脳の部位や神経細胞のサブタイプも疾患によって異なっています。 ただし、脳の特定領域の神経細胞が根本的に変形して生命維持機能が損なわれるという部分は共通しています。

ハンチントン病と他のPolyQ病の治療における課題

現在のところハンチントン病やその他のPolyQ病に対する修飾療法はなく、また以下など現在進行中の複数の課題が治療法の探索を複雑にしています。

  • 複雑な病態生理 - PolyQ病には、多くの複雑な分子機序が関与しており、研究者らによりその解明が進められています。
  • 臨床症状でのばらつき - これらの症状は、その病像や発症年齢、そして病勢進行において、顕著な異質性を示しています。 これが、診断と治療を複雑にしています。
  • 診断とモニタリングのためのバイオマーカーの欠如 - 信頼性の高いバイオマーカーは、診断、予後、治療効果のモニタリングに不可欠です。しかし、PolyQ病に有効なバイオマーカーは限られています。
  • 薬剤開発への複数のハードル - これらの症状におけるヒトの疾患表現型は、動物モデルでは完全には表現できないため、PolyQ研究ではその価値は限定的です。 それに加えて、潜在的な治療薬は血液脳関門を通過して標的ニューロンにはなかなか到達できないことから、効果的な治療法の開発を複雑にしています。

研究は増えているものの、多くの課題が残る

このように多くの課題がある中、それら疾患とそれに対する潜在的な治療法を詳しく理解するための努力が続けられています。 CAS コンテンツコレクションの分析では、PolyQ関連の論文件数が過去3年間で25%以上増加していることが明らかになっています。 特に注目すべきなのは、以前はジャーナル論文が研究の中心で、ジャーナルと特許の比率が4対5だったのに対し、2002年以降は特許出版物が大幅に増加し、その比率は現在1対2に近づいているという点です(図1参照)。 これは、治療法の発見が商業化に近づいていることを示唆しています。

図1
図1

CAS コンテンツコレクションに収録されているPolyQ関連文書の半数以上が、ハンチントン病に関するものとなっています。ハンチントン病はPolyQ病の中でも最も有病率が高く、人口10 万人あたり平均3~7人が罹患していることから、これは当然と言えます(図 2 参照)。 ハンチントン病の最も一般的な症状は舞踏病です。しかし、認知機能の変化や認知症にもつながっています。 ハンチントン遺伝子のエクソンのCAGリピート伸長が引き金となります。

図2
図2

分析のマインドマップが示しているように、最も顕著な研究分野は病因と分子メカニズムとなっています(図3参照)。 このトレンドは、この疾患がどのように患者やその家族で発症するのかを、まだ研究者たちは理解しようとしていることを示唆しています。

図3
図3

治療戦略がブレークスルーの可能性を切り開く

タンパク質の凝集やその他の神経変性疾患の特性について研究者の理解が深まるにつれ、潜在的な治療薬や治療法は増えてきています。 図4に見られるように、病理学的タンパク質凝集は、PolyQ関連の論文で最も一般的に登場する疾患の特徴であり、そこで当然ながらそれは治療戦略として凝集阻害剤と共起します。

図4
図4

PolyQ関連の出版物の中でも有望な研究コンセプトとして、以下が挙げられます。

  • 分子シャペロンこれは、細胞タンパク質の正しいフォールディングを促進してその機能を確保したり、あるいは末期的にミスフォールディングしたタンパク質の分解を促進して損傷を防ぐなど、細胞のプロテオスタシスを維持する上で重要な役割を果たしています。 シャペロン療法は、タンパク質のミスフォールディングによる疾患を治療するために最近開発された治療戦略であり、Hsp70ファミリーなど特定のシャペロンがPolyQの凝集を修飾し、その毒性を抑制することが示されています。 分子シャペロンが疾患進行とどのように相関関係しているかを理解することは、将来のブレークスルーにとって極めて重要であり、そしてこの概念は現在、CAS コンテンツコレクションに掲載されている文献の中で最も研究されている治療法となっています(図5参照)。
     
  • 幹細胞治療 - 幹細胞は再生医療の有望な手段であり、PolyQ病に対する新しいアプローチのひとつとして、幹細胞を使って損傷した神経細胞を置き換えたり、脳の内因性神経新生経路を刺激したりする方法があります。 PolyQモデルでは、すでに幹細胞移植に成功しています。 図5に見られるように、PolyQ関連の論文で4番目に多く登場する治療法が幹細胞になっているほか、3位の疾患モデルにおいても重要な役割を果たしています。 
     
  • 細胞モデル - これらは疾患の研究に極めて重要であり、CASの分析では、患者固有の遺伝情報を含む胚性幹細胞モデルや人工多能性幹細胞モデルの開発が注目されています。 こういった個別化遺伝子の進歩は、PolyQ病の治療において、重要なブレークスルーとなる可能性があります。
     
  • ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤 - PolyQ障害では、クロマチンのアセチル化状態が著しく損なわれており、HDACの阻害によって引き起こされるヒストンの過剰アセチル化には神経保護作用があります。 そのため、低分子のHDAC阻害剤に治療薬としての可能性が示されているものの、毒性の懸念があります。 特定の有益なHDAC阻害剤のメカニズムや、関係する基質、そして特定のHDAC酵素の経路を完全に理解するには、さらなる研究が必要です。 
     
  • ナノ粒子 - 従来の薬物送達ベクターでは血液脳関門を通過するのに困難が伴う中、ナノキャリアは、神経変性疾患において薬物のカプセル化と送達の標的化という点で有用になる可能性があります。 大きな粒子よりもナノ粒子のほうが細胞による取り込みがはるかに高いことに加え、有望なナノキャリアになれるものとして、ポリマーや脂質、金属、またはこれらの材料の組み合わせなど、さまざまな材料もあります。

    例えば、ハンチントン病に関連するげっ歯類試験では、固体脂質ナノ粒子による神経保護剤の送達が成功しています。 別の研究では、Fe2O3ポリアクリル酸塩でコーティングし共有結合させたポリ(トレハロース)ナノキャリアシステムを用いることで、ハンチントン病マウスの脳神経細胞において、PolyQを含んだ変異型ハンチントンの凝集が阻害されました。
     
  • バイオマーカー - バイオマーカーと臨床評価を組み合わせることで、診断だけでなく、潜在的な治療法の評価も容易になります。 死後でも、または過度に侵襲的でない方法でも収集できるPolyQ病のためのバイオマーカーが研究者により模索されており、このコンセプトに基づいたブレークスルーがあれば、診断が大幅に改善され、より良い予後情報が可能になり、そして疾患の進行や治療法の分析が容易になります。 そういったバイオマーカー候補としては、変異タンパク質の断片やマイクロRNAなどの血液由来の分子のほか、MRIスキャンなどのニューロイメージング、酸化ストレスや炎症に関連したマーカー、そしてゲノム配列決定による遺伝的修飾因子といったものが挙げられます。
     
  • 遺伝子治療 - 遺伝子治療によって、いずれPolyQ障害の原因となる変異遺伝子のサイレンシングや抑制ができるようになる可能性があります。 そういった治療法では、SBMAやSCA1、そしてハンチントン病に関する動物実験で有望な結果が得られているものの、遺伝子編集技術には倫理的そして物流上の懸念が数多くあるため、それが広く採用されるにはそれら懸念に対処する必要があります。
図5
図5

臨床試験は少ないが増えている

PolyQ病の臨床試験が相対的に少ないのは、その相対的な希少性を反映しています。 CASの分析では、過去10年間に約200の臨床試験が登録されていることが示されています。 これに対し、米国国立老化研究所では、アルツハイマー病について現在その2倍を超える臨床試験が登録されています。 とは言え、現在多数の臨床試験が募集状態にあることから、治療が困難なこれらの疾患に対して、間もなくブレイクスルーが登場する可能性はあります(図6参照)。

図6
図6

PolyQ病研究の今後

ハンチントン病をはじめとするPolyQ病は複雑であり、成功する治療戦略の開発には多くの課題があります。 しかし、神経変性過程の解明が進むにつれて、これらの疾患の治療が臨床的に大きく前進する可能性も高まってきています。

CAS コンテンツコレクションの分析では、今後の研究の方向性として、いくつかの重点分野が考えられることが明らかになっています。 とりわけ、有毒なタンパク質の凝集を予防、または分離する新しい戦略を開発することが重要です。 遺伝子修飾因子を理解し、遺伝子治療アプローチを確立することで、多くの治療法や治療薬がもたらされる可能性があります。また、より明確な診断と治療評価のためのバイオマーカーが特定されれば、臨床医はより多くの疾患管理の選択肢を得ることになるでしょう。

PolyQ病の複雑性を考えると、さまざまな治療アプローチを組み合わせることによって得られる潜在的な相乗効果を考慮することが重要です。 それが成功すれば、今日社会に影響を及ぼしている最も困難な衰弱性神経変性疾患のいくつかに対し、その進行を遅らせたり、または食い止めたりすることが可能になるかもしれません。