脂質ナノ粒子 - がん治療で果たす重要な役割

Rumiana Tenchov , Information Scientist, CAS

Use of lipid nanoparticles in cancer therapy

汎用性に優れた高度な薬物送達システム、脂質ナノ粒子

1960年代に第一世代のリポソームが発見されて以来、脂質ナノ粒子(LNP)は驚異的な進化を遂げてきました。 LNPの主な治療学的用途は製薬業界においてですが、医用画像、化粧品、栄養、そして農業など、他の分野でも小規模ながら役立っています。  

脂質ナノ粒子は、製薬業界では数十年にわたって広く使用されてきました。 他の遺伝子やワクチンの送達システムと比べると製造が容易で、免疫原性が低く、より大きな負荷量を運べるため、低分子、タンパク質、そして核酸などさまざまな種類の治療薬の効率的な担体として成功しています。  

最近、脂質ナノ粒子は、承認された2つのCOVID mRNAワクチンにおいて、mRNAの正確な送達を効果的に補助したことから、ワクチンプラットフォームにおける最先端技術として世界的に脚光を浴びるようになりました。 mRNA治療薬以外にも、脂質ナノ粒子は他の疾患領域で重要な役割を果たすことができます。 実際、すでに多くの脂質ナノ粒子が、さまざまな疾患の治療薬を送達する目的で認可されています(図1)。 ここでは、抗腫瘍治療における脂質ナノ粒子の使用について簡単に説明します。 

認可された脂質ナノ粒子医薬品と対象となる疾患
図1:認可された脂質ナノ粒子医薬品とその対象疾患


脂質ナノ粒子のがん治療への応用


CAS コンテンツコレクション™により、LNP製剤を使用している治療領域の分布を確認することができました(図2)。 LNPの医薬品での使用は、抗腫瘍効果が46%と最も多く、この分野で重要な役割を担っていることがわかります。 抗腫瘍剤であるLNP製剤の単独使用は、乳がんが最も多く(25%以上)、次いで卵巣がん、そして肺がん(いずれも10%)となっています。  

CASデータベースにおける脂質ナノ粒子製剤に関連する文献の分布
図2:さまざまな治療分野における脂質ナノ粒子製剤関連の文献の分布


脂質ナノ粒子は、以下の複数の治療効果に関連付けられており、がん治療における薬物送達に適しています。

脂質ナノ粒子は、複数の治療効果と関連している


また、LNPは、EPR(Enhanced Permeability and Retention)効果として知られるように、がん治療薬の効果を向上させることが示されています。 LNPは、腫瘍の血管を容易に通過できます。これは、血管新生が急速に進んだ結果、血管の透過性が高まっているためです。 このため、投与経路によってデータは異なりますが、LNPを直接注射で静脈内投与した場合、腫瘍に選択的に集積できます。 さらに、腫瘍内でリンパの流れの機能不全がおきるとLNPの滞留性が向上します。LNPの蓄積によって腫瘍細胞内での抗腫瘍剤の選択的放出が可能になります。   

さまざまな治療法に対するLNPの適用可能性をより理解するために、CAS コンテンツコレクション™を使用して、LNPのさまざまな製剤プロセスと適用可能な治療法の相関を調べました。その結果、抗腫瘍治療に最もよく使用されるLNPタイプとして、免疫リポソームとステルスリポソームがあることが分かりました。  

ステルスリポソームがん治療薬の非常に効果的な一例として、進行性卵巣がん、多発性骨髄腫、そしてHIV関連カポジ肉腫の治療薬として最も早く承認されたリポソーム薬DOXIL®(ドキソルビシン塩酸塩リポソーム注射液)があります。 DOXIL®に使用されているLNPは、EPR効果を利用して強力な抗がん剤であるドキソルビシンの心毒性を克服する一方、立体的に安定化したナノ粒子はヒト血漿中の循環時間を延長します。 

現在および今後の研究に関しては、メラノーマ、成人グリオブラストーマ、消化器がん、泌尿器がんなどの固形がんを対象に、LNP製剤をがん免疫療法の標的として研究する多くの第I/II相臨床試験が行われており、これらの治療法が広く臨床応用されていることを裏付けています。  

刺激応答性リポソームは、腫瘍への薬物送達をさらに強化するために研究されているもうひとつのアプローチであり、特定の物理化学的または生化学的刺激下で放出されるよう設計されています。 例えば、ドキソルビシン(刺激:温度/pH)、5-フルオロウラシル(刺激:磁場)、AMD3100(刺激:レーザー照射)などがあります。

 

ナノ治療薬という新分野における脂質ナノ粒子の未来 

ナノ治療薬の分野は、がん以外の幅広い臨床応用が可能な最新の薬物療法として、目覚ましい発展を遂げている分野です。 ナノ治療薬は、従来の薬物送達システムの有効性、選択性、生体内分布を向上させ、その制約を減らすことに貢献しています。  

脂質ナノ粒子の医療への応用は今後も拡大していくことが予想され、遺伝子編集、ワクチン開発、免疫腫瘍学など、核酸を効率的に細胞内に送達できる能力に依存する遺伝子医療で大きな期待が寄せられています。 年齢、病状、併存疾患など患者の生物学的障壁に関係なく薬物を送達する個別化医療のニーズに応えるため、より高度で多機能なナノキャリア設計の薬が開発されています。  

継続的な開発を通じて、脂質ナノ粒子は現代のナノテクノロジーにおいて最も有益で有望な分野のひとつとして認識されるようになりました。

Tenchov R, et al. Lipid nanoparticles - From liposomes to mRNA vaccine delivery, a landscape of research diversity and advancement ACS Nano. 2021 Jun 28. doi: 10.1021/acsnano.1c04996. 出版前のオンライン公開