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化学の威力を最も華々しく披露できる舞台のひとつに、宇宙探査があります。 1950年代後半の人類初の無人宇宙飛行からはじまって、スペースシャトル計画、そして今度はアルテミス計画にいたるまで、ロケット燃料とエンジン技術の革新は宇宙探査の到達距離や能力、そして持続可能性を進歩させ続けており、この分野で化学がいかに貢献しているかが、リアルタイムで示されています。
ロケット燃料の最適化が成功の鍵
ロケットは、地球の重力から脱出するのに必要な莫大な推進力を生み出すために、燃料と酸化剤のさまざまな組み合わせを用いています。 酸化剤と燃料は、常温では安定しています。ところが混合され熱源により点火されると、爆発反応を起こし、それがロケットの推進力となります。
この燃料と酸化剤との比率を調整することで、ロケットの各種性能を制御することができます。 組み合わせには、それぞれ固有の特性、利点と欠点が存在し、推力効率などの性能指標に影響するほか、毒性、コスト、安全性などその他の考慮事項にも影響します。 このようなことから、それぞれの宇宙探査ミッションに最適な推進剤パッケージを選択することは、ロケットのミッションに関わる多数の変数に左右される重要な決定です。
例えば、気体の推進剤では必要になる体積が大きく、したがって長距離ロケットにはほとんどの場合で実用的ではなりません。そこで、物質を圧縮し冷却してその物質に対応する液相にすることで、大規模ロケットに適した体積対出力比が得られるようになります。 ただし、推進剤の中には沸点が極めて低く、液化には-150℃(-238°F)以下の極低温まで冷却する必要があるものが存在します。 そういった燃料をロケット推進用とする場合、これが重大な欠点となることもあります。そこでそういった燃料を選ぶ際、それが正当化されるためには、そのミッションにおける要件のコストや課題を上回るだけのメリットが必要になります。
推進剤の重要な性能特性は推力と比推力です。この2つは、時に混同されることがあります。 推力は、推進剤の反作用力ポテンシャル、つまりロケットが持ち上げることのできる重量の大きさを示します。 比推力(Isp)は、ある一定量の推進剤が特定の負荷を推進できる時間に基づき、推進剤がその質量をどれだけ効率よく推力に変換できるかを定義するものです。 比推力の高い推進剤を使用したエンジンは推力が低くなる傾向がある一方、推進剤の質量を効率よく利用します。 つまり、燃費が良いというです。
表1は、一般的なロケット燃料パッケージの主な特性を比較したものです。 NASAのアルテミス計画スペースローンチシステム(SLS)ロケットに採用されているRS-25エンジンは、LOX/LH2推進剤パッケージを使用しています。 一方、SpaceXのRaptorやBlue OriginのBE-4など、一部営利団体が開発中のロケットは、液体メタン / LOXパッケージを原動力としています。
現代のロケット推進剤の中では、LOX/LH2が最も高いIsp値を示しています。 この効率と信頼性の実績が、どちらの原子も極低温の冷却を必要とするにもかかわらず、LOX/LH2パッケージが過去50年にわたってロケット推進剤として一般的に使用されてきた主な理由です。 また、他の推進剤が燃焼後に大量の汚染化学物質や温室効果ガスを放出するのに対し、LOX/LH2の燃焼により生じる主な副産物は水であるため、よりサステナブルな燃料となっています。
各種推進剤パッケージ。 LOXとさまざまな燃料の特性。" data-entity-type="file" data-entity-uuid="428f0733-8e9d-437e-93c9-c99bdd862b30" src="/sites/default/files/inline-images/Table1_FINAL_rocket%20fuel.JPG" />注:*RP-1 (Rocket Propellant-1) はケロシンを高度に精製したもので、液体ロケットエンジンに広く使用されています(サターンVのロケットエンジンなど)。
LOX/LH2ロケットのラジカル反応の化学
水素と酸素は安定した元素のため、常温で混合しても自然反応はしません。 反応が起きるためには、H-HとO=Oの共有結合が切断される必要があります。 H-HとO=Oの結合エネルギーを上回るだけのエネルギーが供給されると、連鎖反応が生じて最終的に水が生成されます。 水という安定した構造に向かって進むこの反応では、H2がO2と燃焼する際に大量のエネルギーが放出されます。
. 主なラジカル反応、O2中でのH2の燃焼に関与する各過程 " data-entity-type="file" data-entity-uuid="81adfa68-6a83-458f-9726-e303361dd3cb" src="/sites/default/files/inline-images/Figure1_rocket_fuel_SS.JPG" />一見単純に見えるこの反応も、実際はH2とO2の燃焼は複雑で、HラジカルとOラジカルによるいくつかの中間反応を伴います。 水の生成へと進む主な反応を図1に示します。 連鎖分岐反応は、1つのラジカルが2つ以上のラジカルを生成するときに生じます(図1、反応3と4)。 この反応は、消費するラジカルよりも多くの反応性ラジカルを生成するため、反応が加速されます。これが爆発的な反応の根拠です。
このラジカル反応は、必ずしも図1に示された通りの順序で起こるとは限りません。言及されていない他のラジカルが他の連鎖反応スキームによって生成されることもあります。 推進剤混合物、圧力、そして温度も、H2燃焼の速度論的メカニズムに影響を与えます。
アルテミスのためのエンジン設計の進歩
現代のロケットの推進力を最大限に引き出すには、燃料の最適化だけでなく、ロケットエンジンの設計も同じぐらい重要です。 今日のロケットエンジンの設計は、第二次世界大戦中のドイツのV2ロケット計画で開発された基礎的イノベーションを活用しています。 新たな素材が利用可能になり、その他の技術革新が実現したことで、エンジニアは従来の設計を進化させ、現代の宇宙探査ミッションに必要な出力、耐久性、信頼性、効率を向上させることができるようになりました。
1970年代にAerojet Rocketdyne社によって設計されたRS-25エンジンは、もともとNASAのスペースシャトル計画用に開発そして使用されたものです。 それから5世代の技術革新を経て、アルテミス計画のSLSロケットの動力となるRS-25は、数十年にわたる技術の進歩と設計の最適化を取り入れた、洗練された極低温エンジンで、これまでに製造された中で最も効率的で強力なロケットエンジンのひとつになっています。
この強力で安定した推力を生み出すためには、ターボポンプを用いて、ロケットエンジンに大量の高速度液体推進剤を供給する必要があります。 最初のバージョンのターボポンプ(図2)は、1940年代にV2のエンジニアにより開発されたものです。 それは画期的な設計と性能で、1台の蒸気タービンが4,000 rpmで回転し、燃料と酸化剤の双方の遠心ポンプを駆動するというものでした。 それから60年以上経った今でも、現代仕様になってもまだ、ターボポンプは最新のロケットエンジンの性能を左右する最も重要で複雑な部品のひとつです。
米国の有人ロケット推進技術の進化
Enginehistory.org. " data-entity-type="file" data-entity-uuid="eae9ddc9-afb9-4e24-86fc-f4360b919415" src="/sites/default/files/inline-images/Figure2_rocket_SS_0.JPG" />
アルテミスロケットのRS-25エンジンは、比推力に優れるLOX/LH2極低温推進剤パッケージを採用しています。 ところが、LH2とLOXの密度と流量には大きな差があることから、RS-25では単一のターボポンプで運用させることができません。 水素の密度は極めて低いため (71g/L)、効率的な燃焼を行うためには、LOXの量に比例して2.7倍の量のLH2が必要になるということを意味します。 このようにまったく異なる極低温の液体とその物理的特性に対応するため、RS-25は別々の2基のターボポンプを使用しています。
これら現代の高圧ターボポンプは、工学技術の偉業です。 タービンには、25セントコイン1枚ほどのサイズのブレードが何十枚も組み込まれています。 毎分28,000~35,000回転するブレードは、それぞれが1台のシボレーコルベットのエンジンより大きなパワーを供給し、その結果、このターボポンプは数万馬力を出力することができるのです。
宇宙への夢が推し進める各業界の技術革新
宇宙開発プログラムが明確にイノベーションを推進している分野は、ロケット燃料やエンジン技術です。 しかしそれだけにとどまらず、人類が再び月に向かい、最終的には火星に到達するという現在の目標は、医学や材料科学、通信、エレクトロニクス、さらには農業など、幅広い業界で新たな研究を加速させる触媒にもなっています。 こうした技術革新の多くは、宇宙探査ミッションを実現させるだけでなく、地球上の私たちすべてに恩恵をもたらす製品の改良にもつながっているのです。
アルテミス計画において開発が進んでいるその他の技術に関しては、 月とその先へと向かう宇宙飛行士を栄養面で支える食品科学のイノベーションをお読みください。