硝酸アンモニウム - 将来のために、その安全性を今のうちに確立する

Rumiana Tenchov , Information Scientist, CAS

Ammonium Nitrate Hero

硝酸アンモニウム(AN)は、いくつもの重要な用途で幅広く使用されている化合物です。 肥料として、何十億人の食料を支えています。 同時に、採掘で使われるさまざまな種類の発破用火薬の主成分でもあり、燃料油と混合し炸薬により爆破されるものでもあります。 農業活動がグローバルに拡大しているところに加え、硝酸アンモニウム燃料油(ANFO)の需要が増加しているため、今後5年間は最低でも年平均成長率(CAGR)4%で硝酸アンモニウムの市場が成長すると予測されています。 しかし、硝酸アンモニウムの特性として爆発の可能性があるため(また、誤用される可能性もあるため)、この化合物の製造者、販売者、使用者は、大惨事を回避するためには、安全警告に注意を払う必要があります。

では、この汎用性に優れた化合物の危険性を最小限に抑えながら、その利点を引き出し続けるには、どうしたらよいのでしょうか。 本稿では、2020年にベイルートで起きた硝酸アンモニウム爆発事故から得た主な教訓と、今後の爆発を防止する方法についてご紹介します。

拡大の一途をたどる硝酸アンモニウム市場

硝酸アンモニウム市場は拡大傾向にあり、最近のレポートでは2026年までに市場規模は240億ドルに達すると推定されています。 こういった市場価値の増大は、人口増加が起爆剤となって起こったもので、それは食料供給と不動産の需要増も引き起こしています。 なお、硝酸アンモニウムはどちらの業界にとっても貴重な資源です。

硝酸アンモニウムという化合物は、その2つの部分、NH4(アンモニウム)とNO3(硝酸塩)の主要成分が窒素であることから、人気のある肥料となっています。 植物はこの化合物の硝酸塩のほうから直接窒素を摂取できるだけでなく、アンモニア部分も土壌の微生物によって徐々に硝酸塩に変換されます。 こういった特性により、即効性ある植物栄養を好む野菜生産者にとって、硝酸アンモニウムは人気のある選択肢になっています。 畜産農家でも、牧草や干し草の施肥には、植物に吸収される前に土壌から揮発してしまうこともある尿素系肥料よりも、硝酸アンモニウムを好んで使用しています。 また、溶解性が高いので、灌漑システムでの使用にも適しています。

硝酸アンモニウムのもうひとつの主な用途は、採掘、採石、土木建設で使用する混合火薬の成分としてです。 ANFOの成分として、北米で使用される火薬の80%を占めています。 残念ながら、ANFOの成分は比較的容易に入手できるため、即席の爆発物に悪用される可能性があります。 このことは、硝酸アンモニウムの潜在的な危険性を抑えるための適切な管理の重要性を物語っています。

ベイルート爆発事故とその余波

2020年8月4日、レバノンの首都ベイルートは大爆発に揺れ動きました。少なくとも218人が死亡し、6,000人以上が負傷しました。 爆発の主な原因は、ベイルート港の倉庫に貯蔵されていた約2,750トンの硝酸アンモニウムです。 この大量の硝酸アンモニウムは、2014年に没収された廃棄船から押収されたものでした。 隣接する倉庫で火災があり、そこで発生した火の粉が貯蔵されていた肥料に引火、その結果爆発が起こり、甚大な物的損害を引き起こし、また推定30万人が住居を失いました。 それから2年が経過した今でも、この爆発はベイルートに影響を及ぼし続けています。2022年7月と8月には、隣接する穀物サイロの倒壊が発生しています

爆発は人的被害だけでなく、経済的影響も67億米ドルを超えるとみられています。 この爆発でレバノンの穀物備蓄の90%が失われ、深刻な経済問題に直面しているレバノンの食糧安全保障をさらに不安定なものにています。 また、データは不足しているものの、環境も影響を受けているはずと考えられます。 硝酸アンモニウムが爆発した際、窒素酸化物やアンモニア、そして一酸化炭素などの有害なガスが環境中に放出されており、化学汚染を引き起こし、地域住民にさらなる被害を及ぼしました。 この環境汚染により生態系も被害を受けました。分解生成物が海に流れ込めば、両生類や水生生物が硝酸塩中毒の被害をまともに受けることになります。

専門家たちはベイルートの大爆発を分析し、類似している他の硝酸アンモニウムの災害と比較しました。 他の数例の爆発事故と同じく、爆発の根本的な原因は制御不能な火災と判断されました。 大量の硝酸アンモニウムを一カ所に備蓄していたことが爆発の衝撃を増幅させ、また貯蔵場所が都市部であったことが爆風による負傷者増加につながりました。 これらの分析をもとに、いくつかの提言がなされました。これには、レバノンの国家レベルで化学物質の安全性管理のための化学物質規制庁を立ち上げること、そして将来の事故に対応するための緊急対応計画を改善することなどが含まれています。

硝酸アンモニウムの持つ爆発性

硝酸アンモニウムの爆発事故の多くは輸送時または貯蔵時に発生します(図1)。しかし、爆発のリスクファクターを十分に理解するには、硝酸アンモニウムの化学的性質や製造工程を理解することが重要になります。

CAS 事故の件数
図1 20世紀以降の硝酸アンモニウム事故の分布 

硝酸アンモニウムは、水中でアンモニアと硝酸を反応させ、その後水分を徐々に蒸発させることで固体を製造します。

NH3 + HNO3 → NH4NO3

アンモニアは通常、大気中の窒素から作られ、硝酸はアンモニアの燃焼により生成されます。 この2つの出発原料は、一般的には近接した状態で保管されることはありません。 この反応では大量の熱が発生するため、製造は水溶液中で行われます。 そこで、その反応後に行われる蒸発の工程が、幾度かの爆発事故の原因となっているのです。 不純物の混入があると、硝酸アンモニウムの安定性が低下するため、これも製造プロセスに関連した爆発のその他の原因になります。 また、温度管理が不十分だと、硝酸アンモニウムが水分を吸収したり、結晶体が変化して凝集し、使用に適さなくなる場合もあります。

硝酸アンモニウムの反応については数十年も研究されてきているにもかかわらず、分解と爆発の正確なメカニズムは完全には解明されておりません。 この謎は、部分的にはこの反応の科学的な複雑さもあります。ただ、それ以外にも周囲の変動条件や潜在的な汚染物質の多様性といった事などにも起因しています。 爆発の主反応としては、以下が想定されています。

2NH4NO3 → 2N2 + O2 + 4H2O

硝酸アンモニウムが高い爆発性を有する理由のひとつとして、同じ分子の中に燃料と強力な酸素生成剤、つまりアンモニウムイオンと硝酸塩が含まれていることが挙げられます。 分解が起こったとき、熱が発生して爆発を引き起こします。ところが、そのときにそこに酸素の供給源がすでに存在しているため、燃焼が急速に進むわけです。 その結果発生するのが、亜酸化窒素、酸素、水、そして大量の熱と運動エネルギーになります。 これらの生成物は、最初の硝酸アンモニウムの体積の1,000倍まで膨張します。そうやって、周辺に壊滅的な爆風被害をもたらすのです。

事故による爆発や、一般的な誤用の危険性を最小限に抑えるため、いくつかの工程や添加剤、そして硝酸アンモニウムの代替品などもテストされてきています(表1)。 それでも、完璧な解決策は存在していません。安全で経済的に成立する代替手段を開発するためには、さらなる研究が必要です。 CASが編纂した硝酸アンモニウムの爆発事故の教訓をまとめたInsight Reportでも強調されている通り、「誤って爆発しない肥料を作るだけでは不十分で、簡単に爆発させることができない肥料を作ることが重要」なのです。

表1. 窒素肥料の代替品一覧

肥料

コメント

無水アンモニア

加圧ガス、閾値10,000 lbsでリスク管理計画(RMP)規制対象物質、危険物輸送の規制対象。

アンモニア水

揮発性、閾値20,000 lbsでリスク管理計画(RMP)規制対象物質

尿素

高窒素含有、揮発性

硫酸アンモニウム

不揮発性、低窒素含有

リン酸二アンモニウム

リン酸を含む

リン酸二水素アンモニウム

リン酸を含む

硝酸カリウム

カリウムを含む、安定

硝酸ナトリウム

安定

カルシウムシアナミド

カルシウムを含む

硝酸カルシウム

カルシウムを含む

代替の窒素肥料も検討されています(表1)。ところが、窒素含有量が最も多い代替品は常温では気体であり、そしてその毒性がその利用の妨げになっています。 窒素を多く含む肥料と他の多量養素を一緒に混ぜることで、爆発のリスクを抑えながら効果的な肥料を作ることができます。

硝酸アンモニウムの取り扱いには注意が必要

すでにいくつかの国では、硝酸アンモニウムの安全な取り扱いと貯蔵に関する多数の厳格な規制と要件が存在しています。 米国では、2001年に労働安全衛生局(OSHA)が主要な規制を発表しており、さらに2015年には、OSHAが環境保護庁(EPA)およびアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局(ATF)と共同で発表した勧告文書にて、追加ガイダンスが掲載されています。 この勧告は、硝酸アンモニウムのリスク管理と安全性を向上させ、環境保護を支援するための、政府の継続的な取り組みの一環として発表されたものです。

硝酸アンモニウムの安全性に関するCAS Insight Reportでは、その安全な貯蔵にはいくつかの変数の慎重な検討が必要であると強調されています(図2)。 このOSHAの規制では、貯蔵場所には十分な換気が必要とされています。そしてそれが、有毒ガスや高温ガスの蓄積や凝集を防ぐための鍵であるとしています。 その他、安全に関する重要要素として法律で規定されているものとして、保管場所には不燃物を使用すること、54°C(130°F)より低い温度を維持すること、一か所に貯蔵する硝酸アンモニウムの量を制限すること、そして適切な消火手段を確保すること、などがあります。

固形の硝酸アンモニウムといった危険物の管理には法律やガイドラインは不可欠とは言え、それらを遵守してこそ安全性を向上させることができます。 硝酸アンモニウムに関する認識、つまりその危険性に対する認識や、既存のガイドラインを遵守することの重要性という認識を高めることによって、将来の大惨事を防止するか、または少なくとも大幅に抑制することにつながるでしょう。

CAS 安全貯蔵
図2 硝酸アンモニウムの安全貯蔵には、いくつかの変数を慎重に検討する必要があります。

硝酸アンモニウムは、農業やその他の世界中の産業で利用されている、有用性が高く経済的にも重要な物質です。 しかし、その製造や貯蔵に潜む危険性は、この100年で何度も発生した壊滅的な爆発事故によって浮き彫りになっています。 この危険な状況を改善させるには、硝酸アンモニウムの危険性を周知させ、適切な代替品を探す間も徹底的な安全対策を講ずることが最重要課題となります。

詳細については、CAS Insight Report、『硝酸アンモニウムの安全性』をダウンロードしてください。