脆弱な結合力 - 可燃性化学物質に潜む力

Robert Bird , Information Scientist, CAS

CAS Blog cover image,  Weak Bonds – the Hidden Power Within Combustible Chemicals

史上最大かつ最も破壊的な産業事故のひとつであるベイルートの悲劇から1年が経過しました。その爆発はあまりに巨大なため、200km離れたキプロスでも聞こえたほどでした。この悲劇を今、追悼します。 爆心地は港の倉庫で、爆発したのは2,750トンの硝酸アンモニウムでした。 

硝酸アンモニウムは、最も広く使われている肥料のひとつです。また、鉱山用の爆薬など多くの工業化合物の重要な成分であり、抗生物質や酵母の生産に必要な栄養素としても使用されています。 工業工程で使用される他の多くの化学物質と同様、危険性をはらんでいます。しかし、安全な保管と確固とした取り扱い手順によって、その危険性は軽減させることができます。 

ベイルートでの調査はまだ終わっていませんが、現時点では、港の倉庫から出火し、硝酸アンモニウムが保管されていた場所に延焼したと考えられています。花火倉庫の近くに危険な保管がされていたこと、そして隔離や防火対策がされていなかったということなどが、爆発を招きました。 この事件では、わずか数秒間に200人以上が死亡、5,000人以上が負傷し、約30万人の住民が家を失うことになりました。 悲しいことに、この事故は特別なことではありませんでした。硝酸アンモニウムなどの化学物質による爆発や火災は、あまりにも頻繁に起こっています。 結局のところ、エネルギーを急速に放出できる物質には、爆発や火災のリスクが潜んでいるのです。 では、なぜ特定の化学物質にはそういった性質があるのでしょうか。

弱い化学結合と安定生成物=爆発的な組み合わせ

ある物質の化学結合が弱く、また特に安定生成物が生成される場合は、火災や爆発の危険性があります。 ガソリンなどの燃料が燃えるのは、燃焼によって化学結合の強い安定した物質が生成されるからです。ガソリンの場合、それは二酸化炭素と水です。 ガソリンが燃焼するには、熱か、火花や炎などの着火源が必要です。これは、燃料である反応物の結合は簡単には切断できないためです。

例えば、図1はガソリンの燃焼などの反応の概念モデルです。 紫色の線は、反応物から生成物への反応の際に自由エネルギーがどのように変化するかを示しています。 ガソリンが燃焼すると、強い結合を持つ安定した物質(水と二酸化炭素)が生成され、その過程で大きなエネルギーが放出されます。 図では、これは左の反応開始点での高さと右の反応終了点の高さの差で表されています。 反応物と生成物の自由エネルギーの差が大きくなると、反応が起こったときに放出されるエネルギーも大きくなります。

ただし、反応物から生成物になるには、その分子には反応を開始するための十分なエネルギーが必要です。 多くの場合、反応は結合が切断されて開始しますが、強い結合を切断するには相当な量のエネルギーが必要になります。 つまり安定した分子による反応が始まるには、その反応に大きなエネルギーを与える必要があります。 このエネルギーは活性化障壁と呼ばれ、これは図では反応経路の真ん中の丘の高さで示されています。

自由エネルギーと活性化エネルギー
図1:活性化エネルギーと反応エネルギーの比較

活性化障壁をいったん越えると、反応は可能になります。 反応物と生成物の間の自由エネルギーの差が大きいため、ひとつの分子で反応が起きれば、そこから他の分子が活性化障壁を越えるのに十分なエネルギーが得られます。 そうなると反応が加速され、反応物が消費されるまで止めるのが困難になります。 そこでガソリンも、一度火がつくと消火しにくくなります。 また、生成物は気体(二酸化炭素と水蒸気)であるため、反応物よりもはるかに大きな空間を占有します。 体積が膨張すると周囲にもエネルギーが伝わります。密閉された空間で反応が起きれば、爆発が発生する場合があるわけです。 ガソリンが燃焼を開始するにはより多くのエネルギーが必要となるため、そのエネルギーを供給する行為を回避するのは比較的容易であり、従って火災は防ぎやすくなります。 


爆発性化学物質の例については、こちらをご覧ください。また、化学物質の安全性や物質に関するその他の資料については、化学物質安全性ライブラリCAS Common Chemistryを参照してください。 


その他の物質では、さらに高い危険性を有するものがありますが、 その多くは化学結合が弱いものになっています。 図1に、弱い結合の分子の燃焼などの反応モデルも示しています(緑線)。 ガソリンと同様、左側の反応物と右側の生成物の自由エネルギーの差(高さの差で示される)が大きくなっています。生成物には強い結合が存在しているため、反応が起きると膨大なエネルギーが放出されます。 ただし、こっちのほうの反応の障壁の高さは、ガソリン燃焼の障壁よりかなり低くなっています。 

多くの場合、反応は結合が切断されて開始しますが、弱い結合が存在すると反応は起こりやすくなります。 いったん結合が切断されると、反応が完了するまで進みます。 この場合のように、生成物が反応物より有するエネルギーが大幅に低い場合、ある分子ひとつで起こった反応で放出されたエネルギーで、他の分子を反応させることができます。この場合、反応の障壁が低いため、図1(紫)の物質1分子の反応よりも、図1(緑)の物質1分子の反応のほうが、より多くの分子を反応を誘発できるのです。 つまり、弱い結合があると、一度始まった反応は急速に加速されやすいことを意味します。 その生成物が気体であれば、周囲にも作用を及ぼします。反応速度が十分に速ければ、爆発やデトネーションが起こりやすくなります。 結合が弱い物質は反応の障壁が低いということは、反応の開始に必要なエネルギーが少なくて済むということであり、結果として取り扱いの方法がより限られることになります。 場合によっては、取り扱い時の衝撃や摩擦、火花で反応が起こることもあるため、火災や爆発を防ぐためには、より慎重な取り扱いが必要になります。

アジド(RN3はこの点をよく表しています。 これは3つの窒素原子が不均一な強度で結合している物質です。 窒素原子は強い結合を形成できます。窒素分子ガス(N2)の窒素原子間の三重結合は、化学結合としては最も強いほうであることで知られていますが、窒素原子は単結合や二重結合を形成することも可能であり、これらはかなり弱い結合になっています。 アジドにおける窒素-窒素結合のひとつは弱く、その切断にはあまりエネルギーを要しないため、急速に分解してN₂生成が促進されます。 N2の窒素-窒素結合は、反応物であるアジドの窒素-窒素結合よりもはるかに安定しているため、この分解によって大量のエネルギーが放出されます。 

無機アジドと有機アジドでは感度が異なります。 無機アジ化ナトリウムは日常的に安全に扱えるため、自動車のエアバッグの急速ガス発生剤として配備されています。一方、アジ化鉛などの高揮発性の重金属アジドは火薬の起爆剤として使用されています。 有機アジドは、医薬品やポリマーなど、一般的にはより複雑な化学物質の合成に使われます。 有機アジドでも分子量が低いもの、または窒素(N)と炭素(C)原子比の高い有機アジドは爆発性があり、無機アジドとジクロロメタンとの反応による低分子アジドの生成でラボでの爆発数件報告されています。 また、変性タンパク質の調製に用いられるアジド修飾アミノ酸にも爆発性があることが判明しています。 

過酸化物(ROOR)も爆発性のある分子です。 過酸化物には弱い酸素-酸素結合があり、この結合が切れると、化学反応に貢献するラジカル中間体(フリーラジカル)が生成されます。 ラジカル中間体は特に重合反応を起こすのに有用で、また燃焼の中間体としてもよく検出されます。少量のラジカルでも触媒として作用し、場合によってはそれ自体の生成に触媒作用を及ぼすこともあります。 過酸化物も分解して酸素分子(O₂)を生成します。酸素-酸素の単結合は弱い一方、O2の酸素-酸素の二重結合は強力なので、この分解でエネルギーが放出されます

酸素-酸素の結合が弱いということは、過酸化物が容易に分解されることを意味し、フリーラジカルとO₂という、揮発性と爆発性(濃縮された場合は特に)の組み合わせが放出されます。 過酸化物を扱う化学施設では、いくつか重大な火災が報告されています。米国テキサス州では、ハリケーン「ハービー」と未曾有の洪水により安全装置が作動しなくなったことが原因で生じた火災もあります。 過酸化物は、エーテルが酸素にさらされることによっても自然発生します。 この過酸化物は結晶化し、物理的な衝撃や摩擦、特定の金属との反応によって爆発することもあります。 エーテルには通常、過酸化物の生成を防ぐためにBHT(ブチルヒドロキシトルエン、防腐剤として使用)など少量の阻害剤が配合されています。 阻害剤は酸素によって消費されるため、酸素の存在下で長期間保管すると、エーテルは過酸化物を生成しやすくなります。

燃焼は安定を求める

その他の物質では、その物質自体の結合は容易に壊れないものの、ある条件下では簡単に反応を起こし、より安定する生成物を形成するようなものがあります。 新しい結合が形成されるときに熱としてエネルギーが放出され、火災や爆発が生じる恐れがあります。 例えば、アルキル金属は、さまざまな化学物質や材料の合成に触媒として用いられますが、自然発火性の物質なため、往々にして空気と接触すると簡単に燃焼します。 

特にトリメチルアルミニウムは空気または水と反応し、その生成物はアルミニウムと酸素の結合が非常に安定しているため、火災爆発が発生します。

アクリレートは工業規模の重合に使用されます。個々のアクリレートモノマーはポリマー鎖に組み込まれる際に、その二重結合にさらに単結合で置き換えます。 この新しい結合は、二重結合の累積強度よりも強いので、重合反応によってエネルギーが放出されます。 アクリレートなどアルケンの重合は、過酸化物などのラジカル開始剤を用いて重合反応を開始することが多く、つまり他の環境下では爆発に至るような反応性を利用していることになります。 大規模な重合槽で、表面積と体積の比率が低すぎて生じる熱を放散できない場合、ならびに制御されていない重合の抑制剤が消費してしまうか、不活性化されたかまたは除去された場合は、アクリレートは爆発的に重合することがあります。 

同様に、ジメチルスルホキシド(DMSO)などの溶媒は、酸、塩基、求電子剤などさまざまな物質と反応して分解温度を下げることができます。一見安全に見える低温での反応でも、爆発に至る恐れがあるのです。 

現代社会を実現してきた化学を役立てる

化学の中心になっているのは、エネルギーの変化です。何世紀もの間、人類はこのエネルギーを利用して世界を旅し、産業を発展させ、食卓に上る食物や身に付ける衣服、都市の構造物などを生産してきました。 私たちは、爆発性や揮発性のある化学物質をエネルギーとして欲していますが、その力は予期せぬ破滅的な結果をもたらすことがあります。 このエネルギーを建設的な方向に向ける方法を理解し、化学物質が予想外の有害な反応をする可能性のある状況をよりよく把握することで、爆発事故を未然に予測し、それを防止することができます。

硝酸アンモニウム、その危険性、および安全規則に関する詳細については、CAS Insights Report全文をダウンロードしてください。また、主要な専門家が集まって製剤の選択肢と技術革新の状況について議論するウェビナーもご覧ください。