ダイオキシンと塩化ビニル、実証済みの浄化方法をめぐる科学

CAS Science Team

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米国では、毎日500万トン近くの有害物質が輸送されています。化学物質の流出事故は統計的には少ないものの、実際の影響は遥かに広範囲に及びます。 最近オハイオ州イースト・パレスティーンで起きた流出事故などでも、第一応答者や輸送業者そして政府機関が、化学物質流出事故後の除去作業においてどういった課題に直面するのかが浮き彫りになりました。 本記事では、塩化ビニルの科学と、ダイオキシンの影響、そして科学文献における潜在的な浄化方法について、詳しく考察します。

最後に、有害物質の輸送の将来を考えるにあたって、今後も事故の発生は不可避ではあるものの、より良い追跡、対応、結果を得るために、将来の意思決定の指針となるようなことを学ぶことはできるでしょう。

塩化ビニルはどのように癌を引き起こすのか

上述のイースト・パレスティーンにおいて、そこでは制御燃焼が行われたにもかかわらず、相当な量の塩化ビニルが土壌、水、空気などの周辺環境に放出されました。 塩化ビニルは、建築、電化製品、包装など数多くの用途に広く使われている化学物質です。 一方で、塩化ビニルはその毒性でも知られている発がん性物質でもあります。

塩化ビニルを摂取、吸入、皮膚接触などで暴露すると、血液中に吸収され、肝臓に運ばれます。 肝臓で塩化ビニルはチトクロームP450という酵素により代謝され、その結果クロロエチレンオキシドという反応性の高い中間体が生成されます(図1)。 この分子にはエポキシド基(赤色で強調表示)が含まれており、それがDNAの塩基(例ではグアニン)と容易に結合し、その結果DNA付加体が形成されます。 これら付加体はDNAの変異を引き起こし、最終的にがん細胞の発生につながる場合があります。

肝臓と細胞 図1
図1. 塩化ビニルのDNA変異誘発メカニズム。塩化ビニルが肝臓に運ばれると、それはチトクロームP450酵素によりクロロエチレンオキシドに変換される。これはDNA上の塩基との反応性が高く(例えばグアニン残基と反応するなど)、DNA付加体を生成する。  

 

塩化ビニル汚染の浄化方法はあるのか

塩化ビニルは環境中での半減期が短く、例えば土壌からの蒸発は0.2~0.5日、水中からの蒸発は0.8時間、そして大気中での気相反応による分解は1.5日となっています。 したがって、ダイオキシンなど長期間残留する汚染に比べて、塩化ビニルの環境における浄化は長期的な深刻度が低くなります。 浄化にはさまざまな方法(物理的な方法や化学的な方法)があるとはいえ、塩化ビニルに継続的に暴露されている場合にしか適用できないものもあります。

ダイオキシンとは何か。それは危険なのか

ダイオキシン類とは、塩化ビニルの燃焼による副産物として生成される2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキシンや、その他多くのダイオキシン様の化合物からなる環境汚染物質です。 EPAではダイオキシン類の濃度の検査は実施してはいません。しかしダイオキシン類は難分解性であり、また人間の暴露の90%が食品経由であることから、多くの専門家が懸念しています。

ダイオキシン類は毒性が高く、転写因子を模倣または活性化し、遺伝子発現の制御異常を起こすため、多くの生理機能障害を引き起こします。 また、エストロゲンやアンドロゲン、甲状腺ホルモンなどのホルモンを阻害し、生殖、発育、そして免疫系の異常を引き起こす場合もあります。

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ダイオキシンの浄化方法はあるのでしょうか?

ダイオキシン除去に関する特許の状勢をCAS コンテンツコレクション™で確認したところ、いくつかの重要なトレンドが浮かび上がりました。 ダイオキシン除去の主要な2つの方法として、熱分解と分解触媒があります。多くの特許が、空気中または飛灰からダイオキシンを除去することに焦点を当てています。 土壌からダイオキシンを除去する研究については、まだ限定的でしかありません。 Fuらは、有機物汚染土壌の熱脱離によるダイオキシン類の排出を抑制する有望な触媒吸着素材として、修飾活性炭(V5-Mo5-Ti)の利用について論じています。

主な企業としては、2000年から2003年にかけて90件以上の特許を出願した三菱重工業(図2)や、過去5年間には中国の新興企業(図3)などが確認されています。 これらの特許文献では、熱分解、排煙、焼却炉排煙、分解触媒などの概念が頻繁に論じられています。 三菱重工業が出願した特許JP2006239484では、レーザー光触媒を利用して粒子上のハロゲン化物を熱分解し、ダイオキシンの発生を抑制する装置を特許請求しています。 特許CN115708995では、排ガスからダイオキシン類を除去するダイオキシン類分解触媒を有する装置を特許請求しています。

図2  ダイオキシン分解の分野における上位の特許譲受企業
図2. ダイオキシン分解の分野における上位の特許譲受企業 
図3  ダイオキシン分解における特許文献のトレンド
図3. ダイオキシン分解における特許文献のトレンド 
図4  ダイオキシン分解に関する特許文献で考察されている上位の概念
図4. ダイオキシン分解に関する特許文献で考察されている上位の概念 

データの役割

事故があった直後は、多くの場合、物理的な課題や欠点が注目されがちです。しかし、ここで注目したほうが良いもうひとつの事項として、情報が挙げられます。 現場に駆け付けた第一応答者や応答機関が、容易に安全プロトコルや取り扱いガイドラインを利用できるようになっていることが不可欠です。 また、どんな場合であっても、すべての有害物質はその輸送者によって適切に追跡されていることも重要です。 そこで、サプライチェーン全体のデータを統合し、そして精度と効率を向上させるソリューションが、これまで以上に重要になってきます。 Rinchem社は、世界の最も複雑なサプライチェーンの管理をグローバルに行う企業として、毎年40億以上の化学物質を安全に輸送しています。同社は、CAS登録番号を活用することによって、化学物質データの正確さを保ち、またそれが異なる情報源でも確実に統合されているよう努力している企業のひとつです。

今後の展望

事故の防止策については、制限や政策などさまざまなアプローチがある一方、起きてしまった事故における浄化方法や、健康と環境への影響を最小化させる最適な方法に関しては、今後解決していく必要があります。 科学的な研究や論文は進歩する一方で、危険な化学物質の入手が容易であるという懸念もあり、トレーサビリティが向上するような配慮も必要です。 最後に、消防署が人員不足であったり、有害物質のプロトコルに関する訓練が欠如しているといった状況が発生した場合に備え、流出した化学物質を正確に特定し、そして適切な安全プロトコルが入手できるようになっていることが重要です。 不可避の事故でも、将来の流出や事故シナリオに備えておくことで、その影響を最小限に食い止めることができるようになるでしょう。