エクソソームは「自然界の脂質ナノ粒子」と呼ばれる細胞外小胞のサブセットです。正常な生理機能の一部として放出される場合と、特定の病的状態で放出される場合があります。 タンパク質や核酸、他の生体分子を使って細胞間でメッセージを伝達するため、科学界で脚光を浴びています。 治療と診断で有望視されており、企業や学術機関両方から関心を集めています。 エクソソームが持つ可能性を予測してそれをフルに活用するには、その研究環境を十分に理解することが重要です。
この3回に分けてお送りするシリーズでは、まずはエクソソームの歴史を紹介します。その後、薬物送達と診断におけるエクソソームの最新研究について論じます。 そして、CAS コンテンツコレクション™から得られた洞察をもとに、エクソソーム応用に関する研究での最近の進展を概観し、同時にこの急速に拡大する分野における機会と課題も明らかにします。
エクソソーム応用の進化
それはもう50年以上も前の事です。研究者らが、ヒト血漿の中に微小な粒子を初めて観測しました。 このplatelet dustと命名された物質は脂質に富んでおり、そのため、おそらく血小板の活性化に関わっているのだろうと思われていました。 1980年代になって、これらの30~150nmの細胞外小胞は初めて定義され、そして「エクソソーム」という名称になりました。
リポソームと同様、エクソソームは脂質膜と内部の水性媒体から構成されています。 ただし、エクソソームには、タンパク質と脂質が多く含まれていて、より複雑な構造をしていることがわかりました。 ほとんどの真核細胞のエンドソーム区画で生成されるエクソソームは、その後、細胞膜との融合により細胞外空間に放出されます。 分泌細胞から放出されると、受容体細胞にメッセージを伝達します。これは、表面受容体との相互作用や膜融合のほか、受容体を介したエンドサイトーシス、ファゴサイトーシス、および/またはマイクロピノサイトーシスなど、さまざまなメカニズムによって行われます(図1)。
図1 . エクソソームの生合成と分泌の略図。 挿入図は、エクソソームの分子構成を示す。
最初にその特性が確認されてから、その後の研究により、エクソソームは免疫細胞、腸管上皮細胞、神経細胞など、ほとんどの種類の生細胞から分泌されることが明らかになっています。 またエクソソームは、血液、尿、唾液、母乳、羊水、滑液、脳脊髄液、そして涙にいたるまで、多種多様な生体液にも含まれています。
エクソソームの細胞間輸送経路は、免疫、組織の恒常性、再生など、健康と疾患の多くの側面において重要な役割を担っています。 エクソソームは、細胞間や(血液脳関門を含む)生物学的障壁を越えて、効率的な細胞間コミュニケーションとシグナル伝達を可能にしています。 エクソソームは、タンパク質や脂質そして核酸などの生理活性物質(カーゴ)を運搬できる、効果的な細胞内輸送システムなのです。 エクソソームは重要な生理活動に関与している一方で、がんや心血管疾患、神経変性疾患、そしてウイルス感染症などの疾患の発症にも大きな役割を果たしています。
エクソソーム粒子のユニークな特性
この微小な粒子が、一体どのようにしてそんな大きな影響を与えることができるのでしょうか。それを理解するためには、そのユニークな特性から考える必要があります。 まず、その脂質二重膜のお陰で、本質的に安定しており、過酷な腫瘍の微小環境下でも巡回することができます。 この脂質二重膜により、免疫原性と毒性も最小化され、細胞外空間での安定化を補強しています。 また、内因性であることから、エクソソームは高い生体親和性も有しています。 そして決定的な特徴は、エクソソームは優れた組織・細胞浸透能力を持っているということです。 こういった特性により、他の薬物送達システムにある制約も、エクソソームなら乗り越えられる場合があるわけです。 実際、研究者たちは、他の薬物運搬システムと比較してエクソソームが持つメリットを認識し始めています。
エクソソーム研究に対するCASの見識
出版公表された科学知識を人手で収集したものとしては最大のCAS コンテンツコレクション™を使った分析では、エクソソームに関する論文のトレンドについて興味深い洞察が得られます。 現在、CAS コンテンツコレクションには、エクソソームや細胞外小胞に関連する科学論文(学術論文と特許)が4万件以上収載されており、しかも時間の経過に伴い指数関数的に増加しています(図2)。
図2. 薬物送達と診断のエクソソーム研究に関する論文・特許発表トレンド、および研究資金との関連性。 (A) 薬物送達と診断におけるエクソソームに関連する論文数の推移(学術論文と特許を含む)。 (B)NIHの年間助成金と相関関係がある米国内の組織から発表された文献数。
ここ3~4年で、エクソソームは脂質ナノ粒子(LNP)よりも有望な薬物キャリアとして好まれるようになっており、そこでエクソソームの薬物送達への応用に関連した特許と学術論文を含む文献数は、同種のLNP文献数を大きく上回っています(図3)。
図3 薬物送達への応用に関するエクソソームと脂質ナノ粒子の論文トレンド。 (A)エクソソームと脂質ナノ粒子に関する文献数のトレンドの比較。 (B)学術論文(JRN)と特許(PAT)におけるエクソソーム(EX)と脂質ナノ粒子(LNP)のそれぞれの文献比率の比較。
エクソソーム研究における中心的存在
CAS コンテンツコレクションによると、エクソソーム研究では米国、中国、韓国、日本が先行しており、このトピックに関連して発表された学術論文と特許の文献数が最も多くなっています。 また、エクソソームに関連した特許出願でも企業と学術機関で均等に分散しており、薬物送達や診断、そしてそれ以外の分野でのエクソソームの将来性が世界的に認識されていることが示されています。 全企業の中で最も特許数が多いのがMDヘルスケア社、コディアックバイオサイエンス社、そしてオンコセラピーサイエンス社で、大学や病院ではカリフォルニア大学、ルイビル大学、浙江大学が上位を占めています(図4)。 特許の分布に関しては、世界知的所有権機関(WIPO)への特許出願件数が最も多く、次いで米国と中国の特許庁、欧州特許庁(EPO)、そして韓国と日本の特許庁の順になっています。
会社 | 特許件数 | 大学や病院 | 特許件数 |
MDヘルスケア | 51 | カリフォルニア大学 | 43 |
コディアックバイオサイエンス | 44 | ルイビル大学 | 28 |
オンコセラピーサイエンス | 33 | 浙江大学 | 26 |
Evelo Biosciences | 26 | 中南大学湘雅医学院 | 24 |
ExoCoBio | 24 | テキサス大学 | 23 |
Evox Therapeutics | 18 | コーネル大学 | 20 |
Figene | 12 | 国家ナノ科学中心 | 17 |
Orthogen | 11 | シダーズ=サイナイ・メディカル・センター | 16 |
Arbor Biotechnologies | 10 | サウスイースト大学 | 15 |
Samsung Life Public Welfare Foundation | 10 | 韓国カソリック大学 | 15 |
Unicyte | 9 | 韓国科学技術院 | 14 |
Henry Ford Health System | 8 | PLA Air Force Medical University | 14 |
Cavadis | 7 | Yeditepe Universitesi | 14 |
Exosome Therapeutics | 7 | マサチューセッツ工科大学 | 13 |
ExoStem Biotechnic | 7 | Mayo Foundation for Medical Education Research | 12 |
Reneuron Limited | 7 | Morehouse School of Medicine | 12 |
Biorchestra | 6 | オハイオ州立大学 Innovation Foundation | 12 |
Flagship Pioneering Innovations | 6 | The General Hospital Corporation | 12 |
Isis Innovation Limited | 6 | 済南大学 | 11 |
NanoSomix | 6 | 順天郷大学校 | 11 |
図4. 企業(A)と大学・病院(B)における、エクソソームの薬物送達や診断への応用に関連した特許譲受人の上位。
エクソソームの将来性
エクソソームは、そのユニークな特性や広範囲な生理的・病理的プロセスで果たしているその役割から、薬物送達と診断の分野で期待の星になりました。 自然界に存在するこのナノキャリアは、化粧品や食品への応用が期待されており、その応用は無限の可能性を秘めています。
本シリーズの次回のブログでは、エクソソームの薬物送達と診断への主な治療応用について、CAS コンテンツコレクションから得られる洞察なども交えて詳しく説明します。 本トピックに関しては、CASのExosomes Insight Reportでも取り上げられています。そちらも併せてお読みください。