最近の臨床試験では、LSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)やMDMA(3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン、「モリー」とも言う)、そしてサイロシビン(「シュルーム」とも言う)などの幻覚剤は、適切な用量と投与であれば治療に効果的であることが示されています。 世界的に問題が深刻化しているにもかかわらずこの30年間に新種類の抗うつ薬が登場していない現状において、幻覚剤はうつ病やPTSDとの闘いのための道具となるでしょうか。
メンタルヘルスの重要性 - 拡大する問題、ただしチャンス到来も
繁栄する豊かな経済の基盤は、それを構成する人口の健康があってこそです。 ところが世界保健機関(WHO)によれば、世界中で2億8000万人以上がうつ病に苦しんでおり、また推定2億8400万人が心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいます。 精神疾患が人の働く能力に悪影響を及ぼし、労働市場に参加する機会を大幅に制限することがあることは、私たちも知っています。 実際、うつ病は世界中の精神疾患の主要因であり、しかもPTSDの寛解率は20〜30%の範囲であるため、治療を求める患者数は増大しています。
そこで、精神疾患の増加による危機的状況に取り組むことが急務となっています。 青少年や若年成人の精神疾患の発生率は過去10年間で大幅に増加していました。COVIDのパンデミックはこれを加速させたのです。 このような状況にもかかわらず、問題を軽減する画期的な研究成果や、それに対応する革新的な治療法は現れていません。 実際、臨床試験でのリスクや失敗率が高いため、多くの大手製薬会社では精神疾患治療薬の研究開発から撤退し、神経科学研究プログラムへの投資を縮小させています。
現状 - 今の抗うつ薬に対する治療抵抗
新しい種類の抗うつ薬は、もう30年以上登場していません。 プロザックなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、数十年にわたって抗うつ薬の主役になってきました。 セロトニンは、脳の特定領域にあるセロトニン受容体を活性化して、気分や感情そして幸福感を安定させる重要なホルモンです(図1)。
SSRI薬は、神経シナプスにおけるセロトニン(5-HT)の再取り込みプロセスを阻害することによって、シナプスでのセロトニン量を上昇させるよう機能します(図1)。 ところが、長年にわたり処方を受けていると同薬剤に対する治療抵抗性が生じる患者も多いため、新しい治療法発見への需要が急増しています。 はたして幻覚剤は新しい治療法のひとつになるでしょうか。
早期臨床試験における有望な結果
1990年以降、神経画像技術の進歩により、実験環境において幻覚剤と具体的な結果とを関連付けられるようになったため、幻覚剤研究への関心が高まっています。 こういった薬は幻覚誘発物質の一種で、つまり神経伝達物質受容体(ニューロン間の化学信号を感知する受容体)の一部と結合することによって神経学的効果を発揮します。 摂取すると、知覚や気分、そして認知プロセスに変化をもたらし、現実から遊離した「幻覚トリップ」という精神的状態を引き起こすことがあります。こうした薬剤は、天然素材から合成または抽出された有機化学化合物です。
メンタルヘルスの問題に対する意識の高まりと、選択可能な治療法が不十分である現状を踏まえて、幻覚剤はさまざまな精神疾患を治療するための方法として新たな価値が見出されています。 ここでは、現在臨床試験の後期段階にある3つの幻覚剤を焦点を当ててみます。
- 薬剤抵抗性うつ病の治療用として第2相試験が進行中のサイロシビン(シュルーム)
- 大うつ病性障害治療用として第2相試験が進行中のリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)
- PTSD患者の治療用として第3相試験が進行中のエクスタシーまたはモリーと一般的に呼ばれる3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA)
サイロシビンの可能性
サイロシビンは、摂取するとサイロシンの活性薬物形態に変化し(図2)、そしてその化学構造はセロトニンと非常に似ているため、セロトニン受容体アゴニストとして機能します。 構造上の唯一の違いは、ヒドロキシル基とメチル基の位置です(図3)。 摂取後数時間で、幻覚および幻聴を伴う意識の重大な変化を引き起こします。
無作為化された臨床試験では、大うつ病性障害のある患者に対し迅速かつ持続的で大きな抗うつ効果をもたらすことで、サイロシビン補助援療法は有効であることがわかりました。 現在、サイロシビンは大うつ病性障害の第2相臨床試験中です。 さらに、サイロシビン補助心理療法に関する数件のパイロットスタディでも、アルコール依存症とニコチン依存症の両方の治療に効果があることが示されています。
初期研究でのLSDの効果
サイロシビンと同様、LSDもキノコから検出そして抽出できます。 ただし、最初は1938年スイスの科学者アルバート・ホフマン博士により科学的に合成されています。 LSDの心理的効果は、1950年から1970年までの間に徹底的に調査されています。 その期間での多くの文献では、さまざまな精神疾患を有する患者において、行動および人格に肯定的な変化があったことを記しています。 またLSDは、適切に併用して投与することで進行がん患者の痛みや不安、そしてうつ病を軽減できることが観察されました。
サイロシビンと同様、LSDはセロトニンと構造的に類似しているため、主にセロトニン受容体アゴニストとして機能します(図4)。 しかし、受容体の活性化とその結果として生じる認知障害および幻覚の誘発との間の相互作用のメカニズムについては、まだよくわかっていません。 それでも、さまざまな精神疾患の治療におけるLSDの利点は、現在いくつかの予備的な臨床研究で調査されています。 それよりも有望なのは、大うつ病性障害での第2相試験で、そこではさまざまな投与量でLSDがテストされています。
医療用MDMAへの道
MDMAは合成幻覚剤です(図5)。 パーティードラッグとしてナイトクラブなどで広く使用されてきました。 MDMAは主に、シナプスに放出されるセロトニンの量を増やす間接的なセロトニンアゴニストとして機能します。 またセロトニンを貯蔵する小胞やセロトニントランスポーターに作用することで放出できるセロトニンの量を増やし、またその放出の促進も行います。 このプロセスにより、シナプスで利用可能なセロトニンの量を大幅に増加させる作用があります。 MDMAは、動物モデルで恐怖記憶の消去の強化、恐怖記憶の再統合の調整、そして社会的行動の強化の作用があることが示されています。
さらに興味深いことに、ジョンズホプキンスの研究チームによって行われた最近の研究では、PTSD患者の治療における治癒的価値やその潜在的メカニズムも明らかになっています。 同チームは、MDMAが病態においてすでに閉鎖されてしまった神経回路形成の臨界期を再開させ、環境ストレスが存在しなくなったときでも神経回路の再形成を可能にすることを発見しました。 MDMAは現在第3相試験中であり、その第2相試験ではPTSD患者の治療において安全性と有効性において有望なことがわかっています。
進展あるも、さらなる努力は必要
幻覚剤を精神疾患の治療に使用するための研究は進展していますが、まだいくつかの障害があります。 まず、これらの物質の多くはオレゴン州以外ではスケジュール1の規制物質であり、違法であることが挙げられます。 次に、規制物質の乱用や軽視そして誤用の可能性が患者と医療提供者の双方で高いこと。 そして最後に、身体的リスクが存在していることも挙げられます。 少数の患者において、急性錯乱や不安などの「悪いトリップ状態」を経験する場合や、血圧と心拍数の中程度の上昇がみられる場合もあるからです。
幻覚剤は、オピオイドや大麻物質のように依存症や禁断症状を引き起こすことはありませんが、長期間の使用や頻繁な使用は耐性につながる可能性はあります。 幻覚剤は、十分に管理された環境および監督下で患者に投与することが推奨されます。
メンタルヘルスは、白黒が明確になっているものではありません。複雑であり段階的であり、そして連続しているものです。 良い状態では精神的に充実しており、中間的状態では対処しながらも何とかやっていけるでしょう。しかし悪い状態では疾患により日常的機能も中断されます。 治療の選択肢は、非常に協力的な環境の中、患者とその医療提供者との間で連続的に対処していく必要があります。 これは医師の診断と評価に応じて、認知行動療法から既知の薬剤または処置まで、そしてより実験的なアプローチにまで及ぶ場合もあるでしょう。
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