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エクソソームとは、細胞から放出される細胞外小胞のうちナノサイズのものを指します。これは、正常な生理機能の一部として放出される場合と、特定の病的状態で放出される場合があります。 前回のエクソソームの進化に関するCASブログでは、最初の発見から、最近の細胞外小胞研究のブームに至るまで、この天然のナノ粒子の歩みについて説明しました。
3回にわたる本ブログシリーズのこの第2回目では、出版公表された科学知識を人手で精選し収集したものとしては世界最大のデータベース、CAS コンテンツコレクション™からさらなる洞察を探り、薬物送達と診断におけるエクソソーム療法の主な応用について要約します。
エクソソーム療法で増加中の研究トレンド
薬物送達と診断のためのエクソソームの応用に関連するキーコンセプトが科学論文にどれほど登場しているか、そしてその傾向などを、CAS コンテンツコレクションを使って分析しました(図1)。 その結果、「ターゲット」と「バイオマーカー」というキーワードが上位に来ており、治療薬としてのエクソソームへの関心が高まっていることが反映されています。 特に、2017年~2021年のキーコンセプトを分析すると最近2年間で「血液脳関門」というキーワードが急増していることから、これがエクソソーム治療研究で注目の話題であることが分かります。 第1回目で述べたように、エクソソームは血液脳関門を通過できます。 この高選択的な境界を越えられるという能力により、エクソソームは有用な診断ツールになるだけでなく、治療用物質を脳に運ぶ手段を提供することで、がんや外傷性脳損傷の治療に役立つ可能性があります。
図1. 薬物送達と診断へのエクソソームの応用に関連した科学論文におけるキーコンセプト:(A)治療と診断へのエクソソームの応用に関連したキーコンセプトについて論じている論文数。 (B)2017年から2021年にかけて、エクソソーム療法への応用と診断に関連した論文で提示されたキーコンセプトの傾向。 比率は、各キーコンセプトの年間出版数を、同期間の同コンセプトの総出版数で正規化したもの。
エクソソーム療法に不可欠な第一歩 - エクソソームの単離と精製
エクソソームが大規模に医療現場で採用されるには、このナノサイズの粒子をさまざまな壊死細胞片や干渉成分と明確に区別することが重要です。 エクソソームの単離と解析に、単一の標準的アプローチは存在しません。個々のアプローチにそれぞれ独自の長所と制約があります(表1にまとめています)。 かつては超遠心分離法が基準的アプローチと考えられていましたが、近年では、損傷を与えずにエクソソームを精製できることから、沈殿法やマイクロ流体法がより一般的になっています(図2参照)。 そこでこれらを組み合わせる方法が、単離結果を向上させる有望な戦略だと示唆されています。 これはサイズ、形態、濃度、エクソソーム濃縮マーカーの存在、および汚染物質の欠如といった条件に基づいて、高い純度を持つエクソソームのサブセットを提供できるようにするためです。
表1. エクソソームの単離・精製の主な方法
方法 | 長所 | 短所 |
限外ろ過法 |
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超遠心分離法 |
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免疫親和性単離法 |
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ポリマー沈殿法 |
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サイズ排除クロマトグラフィー法 |
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マイクロ流体力学法 |
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図2 各種エクソソーム分離法に関するエクソソーム療法の応用・診断関連の文献数の推移、2014年~2021年 (比率は各単離法の年間論文数を、同じ単離法の同期間における論文総数で正規化して計算)。
エクソソーム療法と薬物送達
では、上述で抽出・精製したエクソソームを、どのようにして効果的な薬物送達システムにするのでしょうか。 幸い、エクソソームはそういった使われ方はお手の物です。合成のナノキャリアと、細胞を介した薬物送達システムの両方の利点を兼ね備える一方で、それらの制約を回避することができるのです。 この特性を活用する第一歩は、エクソソームに治療成分を詰め込む「カーゴローディング」のプロセスです。 この目的で複数のカーゴローディング手法が採用されていますが、それぞれに長所と短所があります(表2)。
表2. カーゴローディング手法
方法 | 長所 | 短所 |
細胞トランスフェクション法 |
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直接の共インキュベーション法 |
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超音波法 |
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エレクトロポレーション |
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凍結融解法 |
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押出法 |
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細胞間のコミュニケーション手段の一種として、エクソソームは各種の生理的プロセスで重要な役割を果たしています。 そのようなものであるため、異なる組織や細胞から分泌されるエクソソームは、それぞれ固有の性質を示します。 例えば、腫瘍由来のエクソソームは、腫瘍の成長、血管新生、浸潤、転移などの特性に影響を与えることが分かっています。 一方で、間葉系幹細胞(MSC)由来のエクソソームは、他の治療法を支援・補完するアジュバントとして理想的な特性を有しています。 実際に、米国Direct Biologics社は、潰瘍性大腸炎、実質臓器の拒絶反応、COVID-19などの臨床試験で、MSC由来の治療薬ExoFloの有用性を探っているところです。
エクソソーム療法の潜在的な応用範囲は多岐にわたりますが、エクソソームの研究で最も多く行われている分野はがんで、次いで炎症、そして感染症となっています。 エクソソームのドナー細胞と適用疾患との相関を分析することで、明確なパターンが浮かび上がってきます。 がんの研究では、抗原提示細胞やナチュラルキラー細胞が最も頻繁に使用されています。 炎症ではマクロファージや幹細胞が、感染症では抗原提示細胞やT細胞がよく用いられます(図3)。
図3 CAS コンテンツコレクションの文献数で表される、エクソソーム療法と診断に関連する研究におけるエクソソームのドナー細胞と適用疾患との相関関係。
多様な標的に応用されるエクソソーム療法
エクソソームの応用で急速に拡大していて、そして注目されているものとして、治療薬としての利用も挙げられます。 エクソソームシステムは、さまざまな疾患の治療や診断のツールとして応用されています。 CAS コンテンツコレクションを分析すると、エクソソーム療法に関する論文のほとんど(68%)は、がん関連であることがわかります。 エクソソーム型マイクロRNA(miRNA)は、がん細胞の増殖、転移、浸潤を抑制することが示されています。 このアプローチは、膀胱がん、大腸がん、乳がんなど、さまざまな種類の悪性腫瘍で検討されています。 また、エクソソームは神経変性疾患、炎症性疾患、循環器疾患などの治療でも大きな可能性を秘めており、その代表的なものとして以下のものが挙げられます(図4)。
図4. CAS コンテンツコレクション収録のエクソソーム療法と診断の応用に関する論文における対象疾患の分布。
エクソソームは、がん等の疾患の発症に関与しているため、治療戦略としては、エクソソーム産生の上昇と循環を正常なレベルまで抑えて、疾患の進行を防ぐことが成功の鍵になる可能性があります。 現在進行中のいくつかの研究では、エクソソームの産生、放出、吸収など、エクソソーム治療経路のさまざまな段階で調節を行った場合の影響についての調査が行われています。 エクソソームの物理的な除去というのも、がん細胞において検討されています。エクソソームを除去すれば、腫瘍を進行させる腫瘍細胞間のコミュニケーションを妨げると研究者は仮定しているためです。
診断でのエクソソームの利用
臨床で使用可能になるためには、バイオマーカーはいくつかの特性を示す必要があります。 それはアクセスの容易さ、コスト効率の良さ、固有性、高感度、そして測定可能であることです。 エクソソームはそのユニークな特性から、すでにこれらの条件をいくつか満たしており、特に診断の感度と精度に関しては、従来の血清ベースのバイオマーカーよりも優れています。
エクソソームをこのような方法で治療に用いることには、いくつかの利点があります。 まず、(アルツハイマー病で観察されるように)細胞の病態はエクソソームの内容に大きく影響するため、細胞外小胞を研究することで、その組織の病態を確認できるということが挙げられます。 また、脂質二重層により、過酷な微小環境下でも劣化しにくいという、生来の安定性も持っています。 実用性においては、エクソソームは尿や血液、さらには涙などの生体液から容易かつ非侵襲的に単離することが可能です。 抽出した後は、冷凍、凍結乾燥、噴霧乾燥などの方法で保存できます。 そして最後に、従来の多くの血清バイオマーカーとは異なり、エクソソームは血液脳関門を通過できるため、他の方法では得難い脳細胞の情報を得られます。 現在、エクソソームのタンパク質バイオマーカー候補(表3)および核酸バイオマーカー候補(表4)がいくつか検討されています。 このようなバイオマーカーの詳細リストについては、CASのACS Publication『エクソソーム - それは自然がもたらした脂質ナノ粒子という薬物送達と診断の希望の星』をご参照ください。
表3. 臨床診断に応用できるエクソソームタンパク質の例
タンパク質 | 疾患 | 体液 |
CD81 | 慢性C型肝炎 | 血漿 |
CD63、caveolin-1、TYRP2、VLA-4、HSP70、HSP90 | 黒色腫 | 血漿 |
上皮細胞成長因子受容体VIII | グリオブラストーマ | 血漿 |
サバイビン | 前立腺がん | 血漿 |
c-src | プラズマ細胞疾患 | 血漿 |
NY-ESO-1 | 肺がん | 血漿 |
PKG1、RALGAPA2、NFX1、TJP2 | 乳がん | 血漿 |
Glypican-1 | 膵臓がん | 血清 |
Glypican-1 | 大腸がん | 血漿 |
AMPN VNN1、PIGR | 胆管がん | 血清 |
CD24、EpCAM、CA-125 | 卵巣がん | 血漿 |
CD91 | 肺がん | 血清 |
Fetuin-A、ATF 3 | 急性腎損傷 | 尿 |
CD26、CD81、S1c3A1、CD10 | 肝臓損傷 | 尿 |
NKCC2 | バーター症候群1型 | 尿 |
EGF、Gsタンパク質αサブユニット、レジスチン、レチノイン酸誘導タンパク質3 | 膀胱がん | 尿 |
A2M、HPA、MUC5B、LGALS3BP、IGHA1、PIP、PKM1/M2、GAPDH | 扁平上皮がん | 唾液 |
LMP1、Galectin-9、BARF-1 | 鼻咽腔がん | 血液、唾液 |
CALML5、KRT6A、S100P | ドライアイ疾患 | 涙 |
表4. がん治療薬・診断薬としてのエクソソームmiRNA
miRNA | がんの種類 | 用途 |
miR-378 | 非小細胞肺がん | 予後 |
miR-423、miR-424、let7-i、miR-660 | 乳がん | 診断 |
miR-423-3p | 前立腺がん | 予後、去勢抵抗性 |
miR-30a | 口内扁平上皮がん | 治療、シスプラチン感度 |
miR-106b-3p | 大腸がん | 治療 |
バイオマーカーとしてのエクソソームに対する関心は、CAS コンテンツコレクションの分析で明らかになったエクソソーム療法・診断の応用に関連する文献数の大幅な増加にも反映されています(図5)。 一見すると、治療薬関連の文献が上位を占めているように見えますが、一般的にはいずれの応用にも均等に分布しています。
図5. エキソソームの診断と治療への応用:(A)エクソソームの治療への応用と診断への応用に関連する文献数の比較。挿入図:エクソソームの治療への応用と診断への応用に関連する文献が占める割合の年間成長。 (B)エクソソームの治療と診断への応用に関連する文献数を、その役割の指標(THU:治療、DGN:診断)で比較したもの。
現在のエクソソーム療法の研究は有望ではあるものの、多くの研究は前臨床段階に留まっています。 とはいえ、治療や診断において、エクソソームの潜在能力をどれほどフルに活用できているのでしょうか。 どのような障害や課題が立ちはだかっているのでしょうか。 本シリーズの最終回では、エクソソーム研究の中心的存在を明らかにし、この活発な分野での主な研究の取り組みに関する最新情報をお届けします。 詳しくは、CASのExosomes Insight Reportをご覧ください。