リチウムイオン電池リサイクルにおける新たな進展

Robert Bird , Information Scientist, CAS

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リチウムイオン電池リサイクルにおける新たな進展

リチウムイオン電池のグローバル需要は飛躍的に伸びており、電池の主要部品と材料に対する需要も供給を上回る可能性さえあることから、重大な変曲点の到来が予測されています。

リチウムイオン電池を動力源とする電気自動車のグローバル市場は、2027年までに8,580億ドルに成長すると予測されています。 ところが、世界でリサイクルされているリチウムイオン電池はわずか5%に過ぎないと考えられています。 歴史的にリチウムイオン電池のリサイクルは、変動しやすい原材料の価格や、リサイクル工場の不足、そして規制の不在といった要因などによって制限されてきました。 しかし、リサイクル方法の進歩や高い成長性、そしてレアメタルの量が有限であることなどから、リサイクルはより魅力的なものとなってきており、市場規模も2030年までに130億ドルに達する可能性があると予測されています。

現在のリサイクル技術

現在、電池のリサイクル方法には主に3つの種類があり(図1)、湿式製錬と乾式製錬の組み合わせが主流になっています。 湿式製錬と乾式製錬は、コストが安く、また複雑であることから、研究と特許の発行件数が飛躍的に伸びています(図2)。 湿式製錬では、溶液(主に水溶液)を用いて電池材料から金属を抽出および分離します。 乾式製錬では、熱を使って電池材料に使用されている金属酸化物を金属または金属化合物に変換します。 ダイレクトリサイクルは、正極材を取り出して再利用または再生する方法です。

リチウムイオン電池のリサイクル方法 図1
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リチウムイオン電池のリサイクル方法 図2
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ダイレクトリサイクルがなぜ最良なのか

正極材を直接取り外す方法では、リサイクル業者は結晶構造に損傷なく、しかもエネルギー、試薬、設備の固定コストを抑えながら再利用または再生することができるため、理想的です。 しかし、より高い労働コストが必要で、良好な電池リサイクルの条件を満たすための閾値も高くなります。 リチウムイオンのリサイクルの分野を阻害してきた最近までの主な課題は、電池の設計が統一されていないことと、電池を金属の原料に変換するためには湿式も乾式も高度の労力が必要であることでした。 最近の論文では、実用的な正極材を得るための、現行のリサイクルではできなかった方法が見られるようになっています。

ダイレクトリサイクルの新しいアプローチ

最近そういった技術のひとつが、Journal of American Chemical Society誌にZheng Liang、Guangmin Zhou、Hui-Ming Chengらにより発表されました。 ヨウ化リチウム(LiI)と水酸化リチウム(LiOH)を共晶として混合することで、それら塩単体の場合よりも低い温度の200℃以下で溶解します。 その結果、より利用しやすい温度で液体になるのです。

再生材料から製造された電池では容量は完全に回復されない一方、共晶混合物の場合は200℃で3時間、次いで850℃で2時間連続加熱することで回復が得られます。 ところが、この共融混合物にCo2O3とMnO2を添加すると、2段階の工程を経て得られた再生NMC523は、新規に製造された材料と同等の特性と結晶構造を有することがわかったのです。

このアプローチは、リチウムイオン電池の正極を、新規に製造するよりも少ないエネルギーと資源で完全再生する方法をもたらすことになります。 劣化した電池材料をより低いコストで完全に機能するようにできれば、よりコストのかかる他の技術で製造された金属や金属酸化物よりも、はるかに大きいマージンで販売できます。

課題

ただし、Liangらが開発したアプローチに課題がないわけではありません。 この方法では、電池を分解してから組み立て直す必要があるのです。 電池の設計や正極の組成が複雑で統一されていないことも、一般的な電池リサイクルの障害となっています。 乾式製錬ではさまざまな種類の電池を処理できる一方、ダイレクトリサイクルや湿式製錬では、異なる種類の電池を選別し、電池を安全に解体する必要があります。 ダイレクトリサイクルが実用的になるためには、電池の組成と設計を符号化して電池に指定しておくことが必要になります。 一般的な設計の電池であれば分解は比較的簡単になるものの、リチウムイオン電池の応用の幅広さを考えると、それは可能ではないかもしれません。

今後の展望

今後リチウムイオン電池は、主要金属に対する需要が供給を上回る可能性があるため、そのギャップを埋めるにはリサイクルが重要な役割を果たす必要があります。 今後の技術革新を加速させる重要な原動力は、省資源、環境への影響、そしてコストパフォーマンスなどとなるでしょう。

この最近の研究では、商業化可能なリチウムイオン電池再生とダイレクトリサイクルのアプローチを提供するわけではないものの、この実践が技術的に実行可能であることは示しています。 このアプローチは熱水ではなく共晶系を使用するところが、以前のダイレクトリサイクル法とは異なっています。 商業的に実現可能なダイレクトリサイクル技術であれば、リチウムイオン電池の部品供給の安定性を高め、エネルギー貯蔵のための液体燃料の代替品としての持続可能性に貢献し、人間が排出するCO2の削減の重要な手段となって、気候変動を緩和に貢献することでしょう。 リチウムイオン電池のリサイクルに関する新たなトレンドについては、最新レポートをご覧ください。

生物医学における3Dプリンティング関連の科学ジャーナルのレビュー

CAS Science Team

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3Dプリンティングは、材料を幾重も積み重ねて立体物を作成するもので、消費財の製造や法医学、そして生物医学など多くの産業で利用されています。 医薬品や人工義耳、そして人工臓器などを製造することができます。 最近公開された科学ジャーナルでは、CAS コンテンツコレクション™を分析することで生物医学における3Dプリンティングの現状を概観し、組織と臓器の製作をはじめ、インプラントや義肢、医薬品その他など3Dプリンティングと材料そしてイノベーションの動向を明らかにします。

細胞組織や臓器を3Dプリンティングで製作するにあたっては、供与部位の罹患や移植の失敗といった課題がまだ存在するものの、バイオインク、媒体の使用、そして幹細胞の応用などが進歩してきており、そういった制約の克服に役立っています。 生物医学における3Dプリンティングの拡張と発展は続いています。詳細は、最新の科学ジャーナルをご覧ください。

ポリマーから義肢まで - 生物医学における3Dプリンティングの発展

CAS Science Team

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積層造形とも言われる3Dプリンティングは、デジタルファイルから立体物を作りだす方法に革命を起こしています。 それはもはや一般的に利用可能になっており、生物医学を含むさまざまな分野で活用されています。 医薬品や人工義耳、そして人工臓器さえ製作できる3Dプリンティングの生物医学における可能性は、限りなく広がっています。 この詳細なレポートでは、組織や臓器の製作、インプラントや義肢など、生物医薬における3Dプリンティング技術や素材の最新トレンドと画期的なイノベーションについて分析します。

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バイオメディカル3Dプリンティングのトレンドとイノベーション

Chia-Wei Hsu , Information Scientist | CAS

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バイオメディカル3Dプリンティングのトレンドとイノベーション

我々は今、3Dプリンティング革命の真っ只中にいます。 かつては主要な研究大学とFortune 500企業のみが利用できた3Dプリンティング技術は、次第に主流になってきており、2021年には220万台の3Dプリンターが出荷されたほどになっています。 この数は2030年までには2,150万台に増加するとされており、このラピッドプロトタイピング技術は一般大衆も利用するものになってきています。

航空宇宙から建築まで、もはやあらゆる主要産業で迅速かつコスト効率の高い製造のために3Dプリンティングが活用されています。 3Dプリンティングを採用しているさまざまな産業の中でも、その応用ポテンシャルが最も高いのはバイオメディカルエンジニアリングです。 本稿では、ヘルスケアと医薬品における3Dプリンティングの台頭について探ります。

3Dプリンティングの始まりと歴史

日本人発明家、小玉秀男氏が1981年に「ラピッドプロトタイピング装置」の最初の特許を申請したとき、そのコンセプトは、最初から成功の見込みはないと見られていたようです。なぜなら、小玉博士は翌年にはもうこの特許実現のための資金調達を断念したからです。 ところがこのアイデアは、その後のイノベーションのきっかけとなっていきます。 1984年、チャールズ・ホール氏により、光造形法 (stereolithography、SLA) システムの特許が申請されました。これは、今日まで広く使われている3Dプリンティング技術です。 その画期的なSLA技術に基づいた初の市販3Dプリンターが、その後1988年に登場しています。

他の3Dプリンティングの主要技術も、それに続いて次々と登場することになります。 1980年代後半には、FDM (Fused Deposition Modeling) とSLS (Selective Laser Sintering) という2種類の積層造形装置の特許が申請されています。 FDMの仕組みは、熱した材料をノズルによって一層ずつ堆積させて3D製品を作り上げる「押出成形」と呼ばれる技術です。 SLSの仕組みは多少異なります。このプロセスでは、粉末の材料を造形プラットフォームに広げながら、一層ずつ急速に固める(または「焼結」する)ことで3Dプリントされた造形物を成形していきます。 その後まもなく、2Dインクジェット印刷技術を改良した「ジェッティング」や、液槽光重合法などが登場しています。

これらの技術は、当初は特許権者のみに限定されていました。 ところが、これらの特許が失効し、RepRapというオープンソースのコンセプトが生まれたことにより、今や新しい企業が参入し、そしてこの活気ある分野で名声を得られるようになってきています。 そういった中での最大のブレークスルーの多くは、生物医学の分野で起こっています。3Dプリントされた最初の器官もそのひとつで、それは移植手術のために開発された膀胱でした。

現在、バイオメディカル用途の3Dプリンティングは好況です。 バイオメディカル3Dプリンティングの世界市場規模は、2021年に14億5000万ドルと推定されていましたが、それは2030年には約62億1000万ドルにまで上昇すると予測されています。 バイオメディカル3Dプリンティングの主要トレンドを明らかにするため、出版公表された科学知識を人手で精選し収集したものとしては世界最大のデータベース、CAS コンテンツコレクション™のデータを分析しました。

3Dプリンティングの技術と材料

3Dプリンティングの種類は、4つに大別されます。粉末床溶融結合法、材料ジェッティング法、材料押出法、そして光重合法です。 その用途は多岐にわたるため、すべての用途に対応できる万能3Dプリンティング技術というものは存在しません。 ただ、バイオメディカル3Dプリンティングの分野では、FDMなどの押出系の技術が最も好まれているタイプになっています(図1)

CAS 3Dプリンティングに関するInsights Report 図1
図1. バイオメディカル分野における3Dプリンティング各技術の論文トレンド 

バイオメディカル3Dプリンティングでは、プラスチックから金属、そして天然物質に至るまで、さまざまな材料が利用できます。 その中で、最もよく使われる3Dプリンティング材料のひとつが、ポリカプロラクトンやポリ乳酸などの合成ポリマーです。これは、それらがマイクロ流体医療用インプラントで応用されてきたことに起因します(図2)。 無機物で最も広く使われているのはハイドロキシアパタイトで、それは歯科材料や骨修復用の充填材として使用されています。 バイオプリンティングでは、アルギン酸やヒアルロン酸など、さまざまな天然高分子が注目されつつあります。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図2
図2. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文で最も頻繁に登場する物質上位30 

バイオメディカル3Dプリンティングの台頭

バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文と特許の年間発表数の傾向は、この分野のイノベーションが活況であることを示しています。ただし、論文の発表数(約15,000件)のほうが、特許公表数(約5,700件)よりも大幅に多くなっています(図3)。 このトレンドは、この技術の商業化が近年で増加してきていることを反映していると思われます。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図3
図3. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する学術文献および特許の年間発表動向 

約90カ国がバイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文を発表しており、この技術への関心が広がっていることがうかがえます。 このうち、米国と中国が論文発表数、特許発表数ともに最も多く、この分野でのリードをとっています(図4、図5)。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図4
図4. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関連する論文発表数の上位15カ国と地域 
CAS 3Dプリンティング Insights Report 図5
図5. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関連する特許発表数の上位15カ国と地域 

バイオメディカル3Dプリンティングのトレンドを特許譲受人で分類すると、米国の3M社が最大の特許譲受人となっていることがわかります。 この他に特許の公開が活発な国として、韓国、リヒテンシュタイン、フランス、中国などがあります(図6)

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図6
図6. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関連する特許公開の上位20の特許譲受人 

バイオメディカル3Dプリンティングの画期的応用

以上、バイオメディカル3Dプリンティングの主な応用例などを紹介してきました。しかし、まだその可能性は無限大です。 医療用インプラントの開発から医療機器の製造に至るまで、イノベーションは迅速にそして幅広く進んでいます。 3Dプリンティングの主な応用分野として、組織工学と器官工学があり、軟骨筋肉皮膚といった、複雑な構造の造形が模索されています。 CAS コンテンツコレクションを分析したところ、組織や器官に関係したバイオメディカル3Dプリンティングの論文には、「組織工学」、「組織スキャフォールド」、「バイオプリンティング」といった概念が頻繁に登場し、この分野が重要な研究対象であることが明確になっています(図7)

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図7
図7. 組織/器官のバイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文で最も頻繁に登場する概念上位30 

3Dプリンティングの技術は、個別化医療という、なかなか達成が困難な目標を実現するために、薬学分野でもいくつかの応用が期待されています。 例えば、バイオメディカル3Dプリンティングを使えば、医薬品の投与量や形状、サイズ、そして放出特性などを改良、微調整することも可能になるかもしれないのです。

バイオメディカル3Dプリンティング技術は、人工装具やインプラントの作成にも新たな可能性をもたらしました。患者の解剖学的構造や色、形またはサイズに合わせて、パーソナライズされた人工装具を作成できる可能性を秘めています。 柔軟な材料を使うことで体の部位や機能での選択肢が増えたほか、チタン合金などの金属は、骨の再建に利用することができます。 CAS コンテンツコレクションの分析では、整形外科や人工装具に関連する3Dプリンティングの文献には、「歯科用インプラント」「人工装具材料」「歯科インプラント」などの概念が頻繁に登場することがわかります(図8)。 組織や器官に比べると格段に少ない文献数であるとはいえ、それでも活発であり、また急成長している分野といえます。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図8
図8. 整形外科/人工装具でのバイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文で最も頻繁に登場する概念上位30 

バイオメディカル3Dプリンティングにおける課題

バイオメディカル3Dプリンティングは、多くの画期的進歩を遂げています。しかし多くの領域で、この技術はまだまだ初期段階のものです。 例えば、研究者たちは血管柄付き心臓パッチのバイオプリンティングに成功しています。しかし頑丈な心臓弁の造形はもちろん、臓器本体の造形などは、まだ実現には程遠い状態です。 現在のところ、3Dプリンターでは、本物と同様の生物力学や機能性を持つ組織を作製することはできません。 ただし、バイオインクの進歩や、培地そして幹細胞の利用などにより、今後これらの手法の最適化に貢献する見込みにはなっています。

バイオメディカル3Dプリンティングの未来

現在の研究トレンドを見る限り、バイオメディカル3Dプリンティングへは今後も継続的かつ多大な投資とイノベーションが期待できます。 今後はこの技術の普及がさらに進むと予測されており、薬局で3Dプリンターが活用されるといった概念も、もはや現実味を帯びるほどになっています。 病院にとっては、バイオメディカル3Dプリンティングは大きな財政的投資になります。しかし、適切な計画を立てれば、その費用をはるかに上回る恩恵を得ることができます。 技術が発展するにつれ、用語の標準化をはじめ、バイオメディカル3Dプリンティングの製品の安全性と有効性を確保するために、食品医薬品局によって新しい規制の枠組みを定義する必要なども出てきています。

詳細は、CAS Insight Reportをダウンロードしてください。 

持続可能な肥料開発に関する科学レビュー

CAS Science Team

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CO2排出による環境への影響を受け、科学者はよりサステナブルな肥料生産を実現する方法を探っています。 この科学文献レビューは、2001年から2021年までのCAS コンテンツコレクションTMのサステナブルな肥料に関する化学と特許のトレンドを分析したものです。 この書誌調査と文献の評価は、科学者が廃棄物管理とアンモニア生産の効率性と持続可能性を高めながらも、同時に既存の肥料を増強できるような、そんな新しい肥料や栄養源を見つけ出し、そして利用するのに役立ちます。

持続可能な肥料生産のためのイノベーション

CAS Science Team

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世界人口の継続的な増加に伴い、食料の需要も増え続けています。 合成肥料はこれまでずっと有用であった一方、その生産と使用は環境に悪影響を及ぼすこともみとめられています。

サステナブルな肥料であれば、より環境にやさしいものとして代替することができます。 文献トレンドや新たな機会、そして関連する課題などに関する独自の洞察を通じて、この成長分野の状況を探ります。

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Reduce, reuse, recycle - サステナブルな農業への道のり

Leilani Lotti Diaz , Information Scientist/CAS

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世界の食糧生産においてサステナブルな農業が果たす重要な役割

世界の総食糧需要は、2010年から2050年にかけて35〜56%増加すると予測されています。世界人口が着実に増加する中、これは悪化する一方です。 近年、食料生産と流通コストの高騰は、COVID-19のパンデミックやロシア・ウクライナ戦争、気候変動、そして地域紛争などの影響を受けています。 特に貧しい国々において、食料不足を軽減させ、そして肥料の入手を改善させるには、政策の変更が不可欠であると国際通貨基金(IMF)は強調しています。

農業の維持には、これからも合成肥料と有機肥料が重要になります。 合成肥料は、リン鉱石から採掘されるリン、カリ鉱石から採掘されるカリウム、そして空気中から固定される窒素が使用されます。ところが、これらの資源の抽出プロセスは、採掘活動および製造時の化石燃料エネルギーの使用により、エネルギー負荷が高く長期的には環境に悪影響を与えるものになっています。 有機肥料には、さまざまな動物の糞尿、アルファルファ粉、血粉、魚粉、木灰などのほか、水や下水から出る廃棄物も含まれます。 有機肥料の原料となる糞尿などの廃棄物はかさばるため、圃場への施肥や廃棄のための輸送には高いコストがかかります。ただし、こうした廃棄物から得られる栄養分を、現場またはその付近で処理できれば、コストのかかる輸送が必要なくなります。

サステナブルな農業システムとは、水、エネルギー、栄養資源を効率的に利用し、環境への影響を抑え、経済的な強みを維持し、そして枯渇する有限資源への依存を最小限に抑えることで、現在および将来の世代の食糧を支えられるものである必要があります。 廃水から栄養素を回収してリユースし、リサイクルして肥料に利用する流れの例を図1に示します。

そのように枯渇している有限な資源のひとつに、肥料の多量養素があります。 例えば、リン鉱石の埋蔵量は今後50〜100年で枯渇する可能性があります。 さらに、廃棄される農産物も、医薬品や病原菌、金属廃棄物による農作物の汚染や地表水の富栄養化などの問題につながり、環境にとって有害になることもあります。 一方で、これらの廃棄物は栄養量が多く、大きな可能性も秘めています。

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図1. サステナブルな農業における栄養素の循環。

サステナブルな農業への道のり - イノベーションを活用するチャンス

循環型バイオエコノミーという用語は、自然と調和するサステナブルな健全性を実現するために、生物資源の管理を通じて、土地、食料、健康、産業のシステムを変革そして管理する方法を指しています。 サステナブルな農業においてイノベーションを役立てることで、廃棄物に含まれる栄養分を利用し、食料生産を拡大させ、環境影響を最小化できる大きな潜在的可能性があります。 一般的に使用されている生物学的、化学的、物理的な栄養素の回収方法を表1にまとめます。 近年注目が集まっている、潜在的にサステナブルな方法には、以下などがあります。

  • スマートナノ肥料。窒素ナノ肥料は、植物への窒素供給の有効性を高め、環境への窒素損失を減らすことで、窒素利用効率の向上が期待されています。 これは、いくつかの方法で実現することができます。肥料の量を縮小してナノ粒子にする方法、肥料をナノ材料で補う方法、またはカプセル化やナノポアに貯蔵することによってナノ複合構造を形成し養分放出を制御する方法、などです。
  • バイオリファイナリー。農作物を原材料とする第一世代バイオリファイナリーに対し、第二世代バイオリファイナリーでは残渣や廃棄物などを原料にします。 バイオマスは、各種の変換プラットフォームを用いて、酵素や微生物により液体燃料や化合物に変換されます。
  • バイオ炭(木炭)。バイオ炭の利用は炭素隔離の分野では比較的新しい概念である一方、この炭のような物質の歴史は2000年前のアマゾン流域にさかのぼります。その時代には炭化したバイオマスを土壌に加えることで、土質と肥沃度が向上すると考えられていました。 枯れた植物や落ち葉などの有機物を嫌気性熱分解することで、クリーンでエネルギー効率の高い方法で、安定的な炭素を生産できます。
  • ストルバイト 。ストルバイトは、グアナイト、リン酸マグネシウムアンモニウム(magnesium ammonium phosphate、MAP)とも呼ばれ、Mg2+、(NH4)+、PO43- が1:1:1のモル比または化学量論的割合で結合した結晶です。 単独で使用できるほか、他の廃棄物由来の生成物、微生物接種剤、従来の無機肥料と併せた複合肥料としても使用できます。 高い栄養組成と徐放性により、商業的な肥料生産には魅力的な候補です。

表1. 一般的に使用されている廃棄物からの栄養素回収プロセスの概要

方法 説明
生物学的
嫌気性消化
  • 空気(または酸素)のない密閉空間で微生物が有機物を分解する自然のプロセス
  • 生成物は発酵残渣(バイオガス製造時の副産物)
堆肥化
  • 有機物から腐植物質への、微生物を媒介した好気性、好熱性の生物変換
  • 生成物は堆肥
ミミズ堆肥
  • 微生物とミミズを用いた、有機廃棄物を有機肥料に分解する生物変換方法
  • 生成物はミミズ堆肥
化学的
化学的沈殿と結晶化
  • 都市廃水からリン酸塩を回収する、最も一般的な化学技術
  • 生成物は Ca5(OH)(PO4) 3(ヒドロキシアパタイト)、NH4MgPO4.6H2O(ストルバイト)
イオン交換膜電解(ED)
  • イオン交換膜の応用による、排水中の栄養分の抽出
  • 生成物 は(NH4)+、K+、Ca2+、Mg2+、(PO4)3-
物理的
焼却、ガス化、熱分解灰の栄養素回収
  • 高熱を使って廃棄物を分解し、栄養素を回収する方法
  • 生成物は灰およびバイオ油、バイオ灰または木炭(熱分解)
前方浸透圧(FO)
  • 浸透圧勾配を推進力とし、半透膜を利用して溶質と水を分離する方法
  • 生成物はリン酸塩とアンモニウムの栄養素
吸着、吸収、ソルベント
  • 栄養素の回収のために、ゼオライトや粘土、バイオポリマー、バイオ灰などの天然吸着剤が研究されてきている
  • 生成物はストルバイトとリン酸カルシウム
膜ろ過
  • 嫌気性消化スラリーから栄養素を回収するのに有効
  • 生成物はリン酸塩とアンモニウムの栄養素

肥料研究と栄養素回収におけるサステナブルな農業のトレンド

専門家により精選された情報源、CAS コンテンツコレクション™を使って、さまざまな栄養素の回収方法をはじめ、どんなコンセプトがイノベーションを推進していて、ひいては循環型バイオエコノミーを維持しているのか、といった事を評価しました。 肥料を対象に広範囲にわたって検索した結果、2001年から2021年の間に、121,213件の特許と125,228件の学術論文がヒットしました(図2)。 学術論文では、肥料が作物の成長、生物反応、土壌肥沃度に及ぼす影響を中心とする主題が研究されており、その一部は肥料利用のための栄養素の回収過程や、流入水域の富栄養化を引き起こす汚染物質としての栄養素、または汚染物質を含む農業廃棄物や土壌に焦点を当てているものもありました。 特許関連では、肥料の栄養素回収に関連する有機物質とプロセス、肥料の配合、そして糞尿や灰そして発酵など、バイオ廃棄物の主題に焦点が当てられていました。

サステナブルな農業 図2
図2: 肥料、持続可能性、リサイクリング、回収といったトピックに関する、広範囲にわたる検索で得られた学術論文件数および特許件数(2001年~2021年)

栄養素としての窒素、リン、カリウムの利用と、その回収プロセスについてサステナブルな農業のトレンドを確認するための検索を実施しました。

ジャーナルと特許の両方で「有機物/無機物の小分子」「元素」「塩/化合物」などの物質分類が多く、また特許では「混合物」も多くなっていました。

栄養素回収の方法では生物学的プロセスが最も顕著で、ジャーナル/特許の66%を占め、次いで物理的方法(22%)、そして化学的方法(12%)と続いていました。

主に関心が高かったのは、排水処理の汚泥、バイオ灰、そして灰からの栄養素回収でした。 バイオ灰の生成、ストルバイトの沈殿、そしてグリーンアンモニア合成において、顕著なトレンドが見られました。

炭/バイオ炭に関しては、特許とジャーナル両方で明確な増加傾向が見られ、特にジャーナルは2019年にやや減少したものの、継続的な増加を示しています。 サステナブルな農業に関する特許出版物は、特に2013年以降は増加しています。ただし、前年比の数字では多少変動が見られます(図3)。 概念分析では、「排水処理の汚泥」と「糞尿」が、「嫌気性生物学的消化」との関係性がが見られました。

サステナブルな農業 図3
図3. 廃棄物・廃水に関連する肥料、持続可能性、リサイクリング、回収といったトピックに絞り込んだ検索から得られた、バイオ灰のCAS用語を含む特許件数と文献数(2000年-2021年)

ストルバイトの文献数は調査対象期間中で大幅に増加しました。 ストルバイトでも [(NH4)Mg(PO4).6H2O] の形態が多く、リン酸ストルバイト [MgK(PO4).6H2O] に関する文献はほとんど発表されていませんでした(図4)。ただし一部の研究では、回収後にリン酸マグネシウム肥料として役立つ可能性があることが示唆されています。 ストルバイト生成に関する主なコンセプトには、「化学沈殿」「晶析」「排水処理の沈殿」「吸着式排水処理」などがありました。

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図4. サステナブルな肥料の検索でヒットした、特許と学術文献における主なストルバイトの形態に関するトレンド(2001-2021年)

グリーンアンモニアは主にジャーナルで扱われ、2020年には特許文献が出版物全体の20%に達しました。 グリーンアンモニアの触媒合成に関与する物質については、2017年から2021年にかけて大幅に増加しています。2017年には100種類未満だった物質が、2021年には500種類近くまで増加しています。 注目された物質は、グリーンアンモニアの合成に用いられる新規触媒を構成する物質、つまり無機材料、有機/無機小分子、元素、そして配位化合物などでした(図5)。 なお、光触媒や電気触媒による窒素還元を扱っている学術論文の割合は、2001年の1%から2021年には25%に増加しており、この手法の急速な進歩が浮き彫りになっています。

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図5. グリーンアンモニア合成研究における年別の論文発表トレンドと触媒に使用されている物質(2001-2021年)

気候変動に強い農業がやって来るか

世界人口の急激な増加に伴い、農業食品産業への圧力も高まっています。 肥料の生産も、そして農業廃棄物の蓄積も、ともに取り返しのつかない環境破壊を引き起こしています。 持続可能性と循環型バイオエコノミーという概念は、責任ある農業を実践する上での中核的な原則となっています。 このサステナブルな農業の原則は、廃棄物処理や栄養素回収、そしてエネルギー効率化を統合するシステムを開発するための研究を推し進めています。

グリーンアンモニア合成、廃棄物からの肥料栄養素回収、微生物配合など、肥料生産の「グリーン」な代替プロセスは、食糧生産の方法を変革する可能性を秘めています。また、廃棄物を価値ある副産物に変換することもできるのです。

栄養素回収プロセスは、効率化し、コスト削減し、そして環境負荷を最小化するべく、現在商業化されつつあります。 サステナブルな農業技術としては、以下の技術が脚光を浴びています。

  • AirPrex®(CNP CYCLES GmbH社、ドイツ) は、生物学的なリン酸塩の除去を改善する、特許取得済の汚泥最適化プロセスです。 AirPrex®反応炉では、消化汚泥を処理して、最終的に肥料として利用できるMAPつまりストルバイトを沈殿させることができます。
  • AshDec® Thermochemical P-Recoveryシステム(Metso Outotec社、フィンランド)は、下水汚泥灰からのリン回収を通じて、作物への栄養素の有用性を向上させ、重金属含有量を減らすことができます。 このリンはクエン酸塩に溶けるため、環境にやさしい生成物です。 さらに、リンの溶出は制御されていて、作物の根の滲出液があるときのみ行われます。
  • RecoPhosプロジェクト (RecoPhosコンソーシアム)は、産学が一体となって取り組む学際的なプロジェクトです。 革新的な反応炉を用いて、下水、汚泥、焼却灰からリン(白リンまたはリン酸)を回収することを目的としています。 この研究は、完全作動可能なベンチスケール反応炉の実施と、試作スケールプラント設計の基盤となるものです。 また、RecoPhosプロセスの経済的、環境的、社会的な影響も評価されます。

こういった取り組みは、科学、技術、業界が横断的に連携することで、食料生産の課題を克服するだけでなく、廃棄物回収の効率化にもつながるということを証明しています。 サステナブルな農業は、私たちの社会を将来にわたって支える確かな手段となるでしょう。

栄養素回収プロセスにおけるサステナブルな農業のトレンドの詳細については、CAS Insight Reportをご覧ください。

マイクロプラスチック汚染に関する科学的レビュー

CAS Science Team

microplastics-journal

ここ数年におけるマイクロプラスチックの発見や、それが環境に及ぼす影響は驚くばかりです。 マイクロプラスチックは、食品、海洋、そして大気中に至るまで、ほとんどあらゆる場所で発見されており、その分解には数百年かかると言われています。

過去の論文のトレンドや、今後の対策、最近注目を浴びている新しいアプローチと代替案など、より詳しく知るには、こちらの最新の科学論文をお読みください。

マイクロプラスチック​ - 見えない敵に立ち向かう

CAS Science Team

Microplastics tackling the invisible enemy

マイクロプラスチックとは、5mm未満の微小なプラスチックの粒のことです。 それは、より大きなプラスチック製品の破片から出ることも、合成繊維の脱落で発生することも、またはパーソナルケア製品にマイクロビーズが使用されているためなど、さまざまな原因から発生します。

マイクロプラスチックは小さくても、環境には甚大な影響を与えます。 海洋生物が摂取すれば、損傷や死亡につながることもあります。 また、そこで蓄積された毒素は、食物連鎖を通じて人間の体内にも入ることもあります。 さらに、マイクロプラスチックは分解に数百年かかる場合があるため、環境中に長く存在することもあるのです。

この新たに発生したマイクロプラスチック汚染の状勢と、注目されている機会や新しい取り組み、そして代替素材などに関する詳細は、弊社のInsights Report最新号をご覧ください。

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