マイクロプラスチックという重要課題の解決のために我々は十分な対応をしているのか

Leilani Lotti Diaz , Information Scientist/CAS

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シャワーから海まで - マイクロプラスチックの危険性に警鐘を鳴らす

プラスチック汚染は、深刻なグローバル問題になっています。もはや、取り返しのつかない環境破壊を引き起こしているのです。 マイクロプラスチック粒子(または単にマイクロプラスチック)は、1μm~5mmのプラスチック片です。これが、新たな汚染物質として大きな懸念になっています。 マイクロプラスチックの暴露に関する2022年世界保健機関(WHO)報告書では、マイクロプラスチックが空気土壌飲食物の中など、あらゆる場所で見つかっていることが記されています。

マイクロプラスチックは、一次発生源からも二次発生源からも生じます。 一次マイクロプラスチックはその大きさは5 mm未満で、発生源は化粧品や洗剤のマイクロビーズや、合成繊維のマイクロファイバーなどです。 二次マイクロプラスチックは、より大きなプラスチックの破片から発生し、その大きさや組成も、より不均一です。 二次マイクロプラスチックの例としては、車両のタイヤの破片、塗料や道路標識、船舶塗装そしてマイクロファイバーなどから遊離した粒子などがあります。

マイクロプラスチックがなぜこれほど環境内に一般的に存在するのかを理解するためには、その発生源と生成、そして最終的な行先を把握することが重要です(図1)。 プラスチックに対してライフサイクルアプローチを取り入れることで、生産と消費の両方のシステムにおいて重要なホットスポットを特定できるようになります。そして、プラスチック製品の各段階における、以下に対する潜在的な影響を考慮できるようになります。

  • 気候
  • エコシステム
  • 健康
  • 経済
図1. マイクロプラスチックの汚染範囲
図1. マイクロプラスチックの汚染範囲 

マイクロプラスチックは、摂取、吸入、皮膚暴露などさまざまな方法で、生物内に取り込まれます。 マイクロプラスチックと、その関連化学物質や添加物は、慢性炎症性疾患やがんなど、健康面で無数の悪影響を及ぼすと考えられています。 マイクロプラスチックが海洋生物に与える影響に関する証拠は、摂取や光合成の減少から繁殖の減少まで多岐にわたっています。 また、マイクロプラスチックは有毒な化合物や金属を運ぶこともあるため、さらに害を及ぼす可能性があります。

すでに警報が鳴り響いています。 今すぐマイクロプラスチックに関連する脅威に対応する必要があるのです。 克服が困難に見えるこの問題に対して、十分な取り組みがなされているのでしょうか。

マイクロプラスチックに関する文献のトレンド

マイクロプラスチックやマイクロファイバー、そして関連トピックに関するCAS コンテンツコレクション™のデータを分析した結果、最終的に約9,500件の論文が見つかりました。 主な論文の傾向としては、2011年(n=81)から2021年(n=2,811)までの10年間で、マイクロプラスチックの論文は30倍以上増加している一方、同時期の特許出願件数は安定的に推移していることがわかりました(図2)。

CASのデータで明らかになったのは、マイクロプラスチックに関連する文献を発表している国のトップは中国で、米国、ドイツ、韓国、イタリアがそれに続いています(図3)。

図2  学術論文と特許の出版トレンド、2010年~2021年
図2. 学術論文と特許の出版トレンド、2010年~2021年 

マイクロプラスチック研究に登場している物質の上位5つは、エチレンホモポリマー(ポリエチレン)、ポリスチレン、1-プロペンホモポリマー(ポリプロピレン)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリ塩化ビニル(PVC)であることが示されました(図4)。 この調査結果で注目されたもう一つの物質はセルロースです。逆説的ですが、これはポリマーの代替物として(電子機器、生物医学、マイクロプラスチック除去などの応用で)使用されたためということに加え、マイクロプラスチックとしてセロハンやレーヨンに(再生セルロースの形で)存在しているためです。

図3  マイクロプラスチックに関するジャーナルと特許文献数、その上位の組織の国または地域別
図3. マイクロプラスチックに関するジャーナルと特許文献数、その上位の組織の国または地域別
図4  マイクロプラスチックに関する出版物に登場する上位の物質
図4. マイクロプラスチックの出版物に登場する上位の物質 

マイクロプラスチックの課題に立ち向かう

自然環境に存在しているマイクロプラスチックには、どう対処すればよいのでしょうか。 海の環境からマイクロプラスチックだけを除去するのに提案されている方法として、船舶システムの利用、廃棄物回収システムの利用、そしてプラスチック成分により排泄物が水面に浮くムール貝の利用、といったものまであります。 しかし、水の採取による方法は難しい場合があり、またこの方法で既存のマイクロプラスチックを直接除去する今までの取り組みは非常に限定的でした。

マイクロプラスチックが環境に流入することを阻止する方法で実現可能なものとしては、排水処理施設を利用する方法、洗濯機に付属品を取り付けてマイクロファイバーを捕捉する方法、そして摩擦を最小限に抑えるための、または衣服の機械的完全性を向上させるための衣服製造工程を変更する方法、といったことなどが挙げられます。

CASの文献分析においてマイクロプラスチック除去関連の上位キーワードとして明らかになったものは、filtration (ろ過)、wastewater plants(WWTP、下水処理プラント)、そしてmembrane bioreactor(MBR、膜バイオリアクター)などでした(図5)。 こういったキーワードを多く含む論文の数は、2010年代半ばから大きく増加していることから、問題に対して即時に反応があったことが示唆されます。なお、除去関連の研究努力は、マイクロプラスチック研究全般と同様のペースで増加しているようです。

図5. マイクロプラスチックの一部の除去技術に関連した文献数。   MBR, membrane bioreactor / WWTP, wastewater treatment plant
図5. マイクロプラスチックの一部の除去技術に関連した文献数。  
MBR, membrane bioreactor / WWTP, wastewater treatment plant 

恐らくここでわたしたちができる最も重要なことは、全般的にプラスチックの使用量を減らすことではないでしょうか。 シャンプーバー竹スポンジなどの生分解性またはサステナブルな代替品と共に、ゼロウェイストショップエシカルファッションのブランドなどは、すべて人気が高まってきています。

マイクロプラスチック汚染への対策には、科学者、研究者、企業家、政府、そして一般市民全員による長期的な決意と努力が必要になります。 WHOの場合のように、既存データが不十分なため、エビデンスの質が強固でないとされてしまうこともあり、そういう事でもマイクロプラスチック除去の取り組みに対する障害になってしまうためです。

マイクロプラスチックの健康に対する真の影響を明らかにするためには、例えば細胞組織内での滞留や排出、結合活性などを含む、より多くの実施調査と実験研究が必要です。 また、より小さな粒子(ナノプラスチック)を検出できる分析ツールの改良も、重要な課題として挙げられます。

マイクロプラスチック問題に取り組む方法は無数にあることは専門家も認識している一方、マイクロプラスチック除去のための資金調達や、その収益性の低さも大きな課題として立ちはだかっています。 資金援助とプラスチック使用に対する規制法案の強化によって、よりサステナブルななプラスチック経済、そしてよりクリーンで健康的な未来に向けた進歩を加速させることができるでしょう。 このトピックに関しては、弊社のMicroplastics Insight Reportでも詳しく取り上げています。そちらもお読みください。

有機合成化学 - その状勢に関する査読付きの論文

CAS Science Team

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中国国家自然科学基金および中国科学院国立科学図書館との協働により、有機合成化学の詳細な状勢に関するこの論文は、Organic LettersJournal of Organic Chemistryに合同で公開されたものです。本稿では、CAS コンテンツコレクション内の隠れた関連性や新たな可能性について検討します。 ここでは、酵素触媒、光触媒、グリーンケミストリーの3つの重要な研究分野が選ばれました。 これにより、研究者や意思決定者は、当該分野における世界での研究の現状を把握し、そして今後の有機合成の可能性と応用を予見しやすくなることでしょう。

有機合成化学の上位最新トレンド

CAS Science Team

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有機合成化学は、すでに確立された学問分野であるにもかかわらず、この10年間は、生活のあらゆる側面での社会的ニーズに応えることを目標に、発展し続けてきています。 有機合成は、化学や技術そして人類全体にとってさえも、大きな意義があります。そこで、その歴史を理解しておくことは重要になります。

中国科学院国立科学図書館との協働により、ここでは有機合成化学の状勢を詳細に検討することで、CASコンテンツコレクション内に潜む関連性や新たな機会を明らかにします。 それにあたり、有機合成で台頭する重要な研究分野として、出版物のトレンド分析と専門家のレビューから、酵素触媒、光触媒、そしてグリーンケミストリーの3つを選びました。 本レポートにより、研究者や意思決定者は、当該分野における世界での研究の現状を把握し、そして今後の有機合成の可能性と応用を予見しやすくなることでしょう。

合成化学研究のトレンドレポート

 

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エクソソーム研究 - 血小板の微粒子から先駆的な治療学へ

Janet Sasso , Information Scientist, CAS

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エクソソームとは、細胞から放出される細胞外小胞のうち、脂質二重膜に包まれたナノサイズのものを指します。これは、正常な生理機能の一部として放出される場合と、特定の病的状態で放出される場合があります。 最初にヒト血漿中の「血小板の微粒子」として発見されて以来、エクソソームは大部分の真核細胞から分泌されていること、そして広範囲にわたる生理的および病理学的プロセスに関わっていることが示されています。

前回のブログでは、エクソソームの状勢の概要を明らかにし、薬物送達と分析にエクソソームが利用できる可能性について、その方法を紹介しました。 3回シリーズでお送りしてきたこのブログ記事の最終回では、これらの分野で進められている広範囲なエクソソーム研究に焦点を当て、この活発な分野における重要な進展や、将来の展望を検証します。

治療用エクソソーム研究における中心的存在

エクソソームを治療に活用する企業の数は急速に増加しており、前臨床と臨床に関わる両方の企業がエクソソーム治療薬の開発をパイプラインで進めています。 出版公表された科学知識を人手で精選し収集したものとして世界最大のデータベース、CAS コンテンツコレクション™のデータを用いて、これらの治療薬開発企業が注力している対象疾患について調べました。 その結果、エクソソーム研究において最も標的とされている疾患は、がん、神経・神経変性疾患、肺疾患、創傷治癒で、これらの領域でエクソソーム生成物の候補が多く存在することがわかりました(図1)。 エクソソーム研究プラットフォーム企業の多くは、複数の治療領域を対象とするポートフォリオを有している一方(VivaZome社Avalon Globocare社Vitti Labs社など)、皮膚再生と創傷治癒に注力するKimera Labs社のように、特定の領域に特化している企業も存在します。

CAS エクソソーム3の図
図1. 有望なエクソソーム治療研究企業と標的疾患 

エクソソームの前臨床研究に投資している企業を評価すると、その領域では米国が先行しており、多岐にわたるエクソソーム治療薬のパイプラインを有していることがわかります。 カリフォルニア州に拠点を置くバイオテクノロジー企業Capricor Therapeutics社では、cardiosphere由来細胞のエクソソーム、人工のエクソソーム、そしてエクソソームベースのCOVID-19ワクチンなど、複数のエクソソームプラットフォームを開発しています。 同社のエクソソームプラットフォームはまだ前臨床段階であるものの、いくつかの指標で有望なデータが得られており、ほかの学術機関と提携してエクソソーム研究を推進しています。

Xollent Biotech社もエクソソーム研究の中心的存在であり、さまざまなエクソソーム治療薬がパイプラインにあります。 エクソソームの汎用性により、さまざまな代替の投与経路が検討されています。例えば心筋梗塞の治療用静脈パッチや、脱毛症のためのスプレー、そして肌の老化のための無針注射などが挙げられます。 その他にも化粧品に注力している企業として、Exocel Bio社やFlorica Therapeutics社などがあり、エステティックやエイジングで再生幹細胞由来のエクソソーム治療法を研究しています。

診断用エクソソーム研究 - 現在の進展と将来の方向性

前回のブログ記事で紹介したように、エクソソームはその耐久性や特異性、感度など、バイオマーカーとして理想的な特性を有しています。 その結果、バイオマーカーとしての応用や診断検査への応用は、関心が高まりつつある研究分野になっています。 研究はまだ初期段階ではあるものの、いくつかの企業がこの分野、特にがんを対象としたエクソソームの前臨床研究を実施しています。 注目すべき例としては、Mercy Bioanalytics社による早期がん検出のためのHaloテストや、テキサス大学MD Anderson Cancer CenterによるGlypican-1陽性循環エクソソームを用いた早期膵臓がん検出の研究などが挙げられます。

また、他の治療分野においても、診断分析の最適化が進んでいます。 例えば、米国ハーバード大学医学部と中国温州医科大学の共同研究では、ドライアイや糖尿病性網膜症の分子診断に可能性を示すincorporated Tear-Exosomes Analysis via Rapid-isolation System(iTEARS)を採用しています。 あるいは神経変性疾患も、エクソソームのバイオマーカー研究では重要な焦点になっています。 カリフォルニア大学サンフランシスコ校メディカルセンターの研究者らは、早期発症型アルツハイマー病の診断に役立つ可能性のあるバイオマーカーパネルを発見しています。

臨床試験中のエクソソーム治療薬

現在、エクソソーム治療薬の臨床試験として、59の治験がhttps://clinicaltrials.govに登録されています。 エクソソーム治療薬では、最も多く研究されているものとして、対象疾患として肺疾患(臨床試験11件)、SARS-CoV-2感染症(臨床試験9件)に加え、がん、心臓疾患、神経疾患(いずれも臨床試験4件)などがあります。 これらの疾患に関して、注目すべき臨床試験を表1に記します。 治療薬の臨床試験の包括的なリストについては、最近公開されたExosome Insight Reportをご覧ください。

表1. 注目すべきエクソソーム治療薬の臨床試験

会社/医療センター/大学(所在地) エクソソーム 治療対象の疾患 臨床試験番号 臨床試験の段階またはステータス(開始日)
M.D. Anderson Cancer Center(米国) KrasG12D siRNAを組み込んだ間葉系幹細胞(MSC)由来エクソソーム (iExosome) KrasG12D変異が見られる転移性膵臓がん NCT03608631 第I相(2018年)
Organicell Regenerative Medicine(米国) 羊水由来エクソソーム / Zofin (Organicell Flow) 軽度 / 中等度のCOVID-19 NCT04657406 Expanded Accessの状態: 利用可能(2020年)
emoveDirect Biologics(米国) 骨髄MSC由来エクソソーム / DB-001 / ExoFlo COVID-19 ARDS NCT04657458 Expanded Accessの状態: 利用可能(2020年)
Ruijin Hospital(中国) 脂肪間葉系幹細胞由来エクソソーム(MSC-Exos) アルツハイマー型認知症 NCT04388982 第I/II相(2020年)

臨床試験中のエクソソーム診断

現在、https://clinicaltrials.govには、診断にエクソソームを使った臨床試験が208件登録されています。 そのうち、半数以上(108件)の臨床試験が、エクソソームを活用したがん診断に関するものです。 その他には、神経系疾患(臨床試験15件)、循環器系疾患(臨床試験13件)、肺疾患(臨床試験6件)などが上位を占めています。 こういった疾患の早期診断は、予後を良くする上で重要です。 診断用エクソソームの臨床試験が多いことが、いかに疾患の早期診断にエクソソームを用いることに価値と利点があるかを示しています。 表2に、これらの疾患のエクソソーム診断に関連する企業、医療機関、そして大学をまとめます。 診断用エクソソームの臨床試験の包括的なリストについては、最近公開されたExosome Insight Reportをご覧ください。

表2. 注目すべき診断用エクソソームの臨床試験

会社/医療センター/大学(所在地) エクソソーム(標的疾患) 診断対象の疾患 臨床試験番号 臨床試験のステータス(開始日)
アラバマ大学バーミンガム校(米国) 血液または尿由来エクソソーム(LRRK2) パーキンソン病 NCT04350177 完了(2013年)
ボストン大学(米国) 血漿由来エクソソーム(tau) 慢性外傷性脳症(CTE) NCT02798185 アクティブ(2016年)
Exosome Diagnostics(米国) 尿由来エクソソーム(ERG、PCA3、SPDEF) 前立腺がん NCT02702856 完了(2016)
リトアニア健康科学大学(リトアニア) 好酸球由来エクソソーム 喘息 NCT04542902 ボランティア募集中(2020年)

臨床試験における疾患ターゲットとしてのエクソソーム

エクソソームをターゲットとして使うというのも、疾患治療のために検討されているもうひとつの方法です。 カリフォルニア州に拠点を置く臨床企業のAetholon Medical社では、Hemopurifierという治験用医療機器を設計しました。 Hemopurifierは、循環するエクソソームをターゲットに、ウイルス、細菌毒素、がんのエクソソームを捕捉し、疾病治療に役立てます。 現在までに同社は、Hemopuriferをエボラ出血熱、C型肝炎、HIV、COVID-19の患者の治療に活用してきています。 現在行われている2つの臨床試験を表3にまとめます。

表3. 疾患治療のためにエクソソームをターゲットにした(物理的排除)臨床試験

会社(所在地) エクソソーム 治療対象の疾患 臨床試験番号 臨床試験のステータス(開始日)
Aethlon Medical(PA、米国) 循環血液エクソソーム COVID-19 NCT04595903 ボランティア募集中(2021年)
Aethlon Medical(PA、米国) 循環血液エクソソーム 頭頸部扁平上皮がん NCT04453046 ボランティア募集中(2020年)

エクソソーム研究における未解決の課題を克服する

エクソソームは、診断と治療のいずれにも多大な可能性を秘めた、有望な研究分野です。 ただ、エクソソームの臨床への応用は、非常に有望ではあるものの、現状では知識のギャップが妨げになっています。 そのため、今後はエクソソームの生合成と取り込みに関する正確な機序と、標的細胞との相互作用の解明に重点を置く必要があります。それらを組み合わせることで、研究者がエクソソームの治療可能性を前進させるのに役立つようになることでしょう。 また、エクソソーム研究で大きな障害になっているのは、現状におけるエクソソーム分離に関する課題です。このプロセスが標準化されていないため、臨床利用が遅れています。 最後に、パイプラインに見られるエクソソームの応用の幅広さを考えると、開発計画を確立させるためには、規制の具体的な分類と管轄権の問題を明確にする必要があります。

大きな知識のギャップに対処する必要はあるものの、血小板の微粒子に過ぎなかったエクソソーム研究は、さまざまな疾患の治療に対して、大きな可能性を秘めていると言えます。

詳細については、最近公開されたExosome Insight Reportをご覧ください。

FDAによるBreakthrough Therapyの迅速指定

CAS Science Team

Breakthrough Therapyインフォグラフィック

Breakthrough Therapy指定は、どの製薬メーカーにとっても大きな成果ですが、ではこの指定を受けるには、どんな特徴的な要件があるのでしょうか。 この指定を受けるにおいて構造的新規性が果たす役割、また実社会における影響について詳しく知るには、弊社の最新の記事をご覧ください。

エクソソーム療法と診断法 - 臨床の巨星へと至る道のり

Xinmei Wang , Information Scientist, CAS

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エクソソームとは、細胞から放出される細胞外小胞のうちナノサイズのものを指します。これは、正常な生理機能の一部として放出される場合と、特定の病的状態で放出される場合があります。 前回のエクソソームの進化に関するCASブログでは、最初の発見から、最近の細胞外小胞研究のブームに至るまで、この天然のナノ粒子の歩みについて説明しました。

3回にわたる本ブログシリーズのこの第2回目では、出版公表された科学知識を人手で精選し収集したものとしては世界最大のデータベース、CAS コンテンツコレクション™からさらなる洞察を探り、薬物送達と診断におけるエクソソーム療法の主な応用について要約します。

エクソソーム療法で増加中の研究トレンド

薬物送達と診断のためのエクソソームの応用に関連するキーコンセプトが科学論文にどれほど登場しているか、そしてその傾向などを、CAS コンテンツコレクションを使って分析しました(図1)。 その結果、「ターゲット」と「バイオマーカー」というキーワードが上位に来ており、治療薬としてのエクソソームへの関心が高まっていることが反映されています。 特に、2017年~2021年のキーコンセプトを分析すると最近2年間で「血液脳関門」というキーワードが急増していることから、これがエクソソーム治療研究で注目の話題であることが分かります。 第1回目で述べたように、エクソソームは血液脳関門を通過できます。 この高選択的な境界を越えられるという能力により、エクソソームは有用な診断ツールになるだけでなく、治療用物質を脳に運ぶ手段を提供することで、がん外傷性脳損傷の治療に役立つ可能性があります。

CAS エクソソームに関するトピックの図1

図1. 薬物送達と診断へのエクソソームの応用に関連した科学論文におけるキーコンセプト:(A)治療と診断へのエクソソームの応用に関連したキーコンセプトについて論じている論文数。 (B)2017年から2021年にかけて、エクソソーム療法への応用と診断に関連した論文で提示されたキーコンセプトの傾向。 比率は、各キーコンセプトの年間出版数を、同期間の同コンセプトの総出版数で正規化したもの。

エクソソーム療法に不可欠な第一歩 - エクソソームの単離と精製

エクソソームが大規模に医療現場で採用されるには、このナノサイズの粒子をさまざまな壊死細胞片や干渉成分と明確に区別することが重要です。 エクソソームの単離と解析に、単一の標準的アプローチは存在しません。個々のアプローチにそれぞれ独自の長所と制約があります(表1にまとめています)。 かつては超遠心分離法が基準的アプローチと考えられていましたが、近年では、損傷を与えずにエクソソームを精製できることから、沈殿法やマイクロ流体法がより一般的になっています(図2参照)。 そこでこれらを組み合わせる方法が、単離結果を向上させる有望な戦略だと示唆されています。 これはサイズ、形態、濃度、エクソソーム濃縮マーカーの存在、および汚染物質の欠如といった条件に基づいて、高い純度を持つエクソソームのサブセットを提供できるようにするためです。

表1. エクソソームの単離・精製の主な方法

方法 長所 短所
限外ろ過法
  • 低コスト
  • 時間効率に優れる
  • 簡素
  • エクソソームに損傷を与える可能性
  • 膜の目詰まり/閉塞
超遠心分離法
  • 大量のサンプルに適している
  • ほかのマーカーが導入されない
  • 低コスト
  • 機器が高コスト
  • 多大な労力が必要
  • エクソソームに損傷を与える可能性
  • 収率が低い
免疫親和性単離法
  • 大量のサンプルに適している
  • 簡素
  • 拡張性が高い
  • エクソソームの整合性に損傷を与える可能性
  • 試薬が高価
  • 非特異的結合
ポリマー沈殿法
  • 幅広い応用性
  • 簡素かつ迅速
  • エクソソームの変形がない
  • 特異性と選択性の欠如
  • 純度が低い
  • 高分子による汚染
サイズ排除クロマトグラフィー法
  • 生物学的活性の維持
  • 前処理がない
  • 収率が高い
  • 汚染の可能性
  • 機器が高コスト
マイクロ流体力学法
  • 高効率
  • 迅速なサンプル処理
  • 高い可搬性
  • 自動化と統合が容易
  • 大量の出発物質
  • 少ない試料容量

CAS エクソソームに関するトピックの図2

図2 各種エクソソーム分離法に関するエクソソーム療法の応用・診断関連の文献数の推移、2014年~2021年 (比率は各単離法の年間論文数を、同じ単離法の同期間における論文総数で正規化して計算)。

エクソソーム療法と薬物送達

では、上述で抽出・精製したエクソソームを、どのようにして効果的な薬物送達システムにするのでしょうか。 幸い、エクソソームはそういった使われ方はお手の物です。合成のナノキャリアと、細胞を介した薬物送達システムの両方の利点を兼ね備える一方で、それらの制約を回避することができるのです。 この特性を活用する第一歩は、エクソソームに治療成分を詰め込む「カーゴローディング」のプロセスです。 この目的で複数のカーゴローディング手法が採用されていますが、それぞれに長所と短所があります(表2)

表2. カーゴローディング手法

方法 長所 短所
細胞トランスフェクション法
  • 核酸とタンパク質に適切
  • 大量のカーゴに理想的
  • 細胞毒性
  • 精製が困難
直接の共インキュベーション法
  • 簡素で利便性が高い
  • 軽度
  • ローディング効率が低い
超音波法
  • ローディング効率が高い
  • 発熱
  • 凝集
エレクトロポレーション
  • ローディング効率が高い
  • 制御可能
  • 凝集
凍結融解法
  • 核酸とタンパク質に適切
  • 軽度で簡素
  • 不確実な効率
  • 凝集
押出法
  • ローディング効率が高い
  • 均一サイズ
  • エクソソーム膜に損傷を与える可能性

細胞間のコミュニケーション手段の一種として、エクソソームは各種の生理的プロセスで重要な役割を果たしています。 そのようなものであるため、異なる組織や細胞から分泌されるエクソソームは、それぞれ固有の性質を示します。 例えば、腫瘍由来のエクソソームは、腫瘍の成長、血管新生、浸潤、転移などの特性に影響を与えることが分かっています。 一方で、間葉系幹細胞(MSC)由来のエクソソームは、他の治療法を支援・補完するアジュバントとして理想的な特性を有しています。 実際に、米国Direct Biologics社は、潰瘍性大腸炎実質臓器の拒絶反応COVID-19などの臨床試験で、MSC由来の治療薬ExoFloの有用性を探っているところです。

エクソソーム療法の潜在的な応用範囲は多岐にわたりますが、エクソソームの研究で最も多く行われている分野はがんで、次いで炎症、そして感染症となっています。 エクソソームのドナー細胞と適用疾患との相関を分析することで、明確なパターンが浮かび上がってきます。 がんの研究では、抗原提示細胞やナチュラルキラー細胞が最も頻繁に使用されています。 炎症ではマクロファージや幹細胞が、感染症では抗原提示細胞やT細胞がよく用いられます(図3)

CAS エクソソームに関するトピックの図3

図3 CAS コンテンツコレクションの文献数で表される、エクソソーム療法と診断に関連する研究におけるエクソソームのドナー細胞と適用疾患との相関関係。

多様な標的に応用されるエクソソーム療法

エクソソームの応用で急速に拡大していて、そして注目されているものとして、治療薬としての利用も挙げられます。 エクソソームシステムは、さまざまな疾患の治療や診断のツールとして応用されています。 CAS コンテンツコレクションを分析すると、エクソソーム療法に関する論文のほとんど(68%)は、がん関連であることがわかります。 エクソソーム型マイクロRNA(miRNA)は、がん細胞の増殖、転移、浸潤を抑制することが示されています。 このアプローチは、膀胱がん大腸がん乳がんなど、さまざまな種類の悪性腫瘍で検討されています。 また、エクソソームは神経変性疾患、炎症性疾患、循環器疾患などの治療でも大きな可能性を秘めており、その代表的なものとして以下のものが挙げられます(図4)

エクソソームのブログトピックの円グラフ

図4. CAS コンテンツコレクション収録のエクソソーム療法と診断の応用に関する論文における対象疾患の分布。

エクソソームは、がん等の疾患の発症に関与しているため、治療戦略としては、エクソソーム産生の上昇と循環を正常なレベルまで抑えて、疾患の進行を防ぐことが成功の鍵になる可能性があります。 現在進行中のいくつかの研究では、エクソソームの産生放出吸収など、エクソソーム治療経路のさまざまな段階で調節を行った場合の影響についての調査が行われています。 エクソソームの物理的な除去というのも、がん細胞において検討されています。エクソソームを除去すれば、腫瘍を進行させる腫瘍細胞間のコミュニケーションを妨げると研究者は仮定しているためです。

診断でのエクソソームの利用

臨床で使用可能になるためには、バイオマーカーはいくつかの特性を示す必要があります。 それはアクセスの容易さ、コスト効率の良さ、固有性、高感度、そして測定可能であることです。 エクソソームはそのユニークな特性から、すでにこれらの条件をいくつか満たしており、特に診断の感度と精度に関しては、従来の血清ベースのバイオマーカーよりも優れています。

エクソソームをこのような方法で治療に用いることには、いくつかの利点があります。 まず、(アルツハイマー病で観察されるように)細胞の病態はエクソソームの内容に大きく影響するため、細胞外小胞を研究することで、その組織の病態を確認できるということが挙げられます。 また、脂質二重層により、過酷な微小環境下でも劣化しにくいという、生来の安定性も持っています。 実用性においては、エクソソームは尿や血液、さらには涙などの生体液から容易かつ非侵襲的に単離することが可能です。 抽出した後は、冷凍、凍結乾燥、噴霧乾燥などの方法で保存できます。 そして最後に、従来の多くの血清バイオマーカーとは異なり、エクソソームは血液脳関門を通過できるため、他の方法では得難い脳細胞の情報を得られます。 現在、エクソソームのタンパク質バイオマーカー候補(表3)および核酸バイオマーカー候補(表4)がいくつか検討されています。 このようなバイオマーカーの詳細リストについては、CASのACS Publication『エクソソーム - それは自然がもたらした脂質ナノ粒子という薬物送達と診断の希望の星』をご参照ください。

表3. 臨床診断に応用できるエクソソームタンパク質の例

タンパク質 疾患 体液
CD81 慢性C型肝炎 血漿
CD63、caveolin-1、TYRP2、VLA-4、HSP70、HSP90 黒色腫 血漿
上皮細胞成長因子受容体VIII グリオブラストーマ 血漿
サバイビン 前立腺がん 血漿
c-src プラズマ細胞疾患 血漿
NY-ESO-1 肺がん 血漿
PKG1、RALGAPA2、NFX1、TJP2 乳がん 血漿
Glypican-1 膵臓がん 血清
Glypican-1 大腸がん 血漿
AMPN VNN1、PIGR 胆管がん 血清
CD24、EpCAM、CA-125  卵巣がん 血漿
CD91 肺がん 血清
Fetuin-A、ATF 3 急性腎損傷 尿
CD26、CD81、S1c3A1、CD10 肝臓損傷 尿
NKCC2 バーター症候群1型 尿
EGF、Gsタンパク質αサブユニット、レジスチン、レチノイン酸誘導タンパク質3 膀胱がん 尿
A2M、HPA、MUC5B、LGALS3BP、IGHA1、PIP、PKM1/M2、GAPDH 扁平上皮がん 唾液
LMP1、Galectin-9、BARF-1 鼻咽腔がん 血液、唾液
CALML5、KRT6A、S100P ドライアイ疾患

 

表4. がん治療薬・診断薬としてのエクソソームmiRNA

miRNA がんの種類 用途
miR-378 非小細胞肺がん 予後
miR-423、miR-424、let7-i、miR-660 乳がん 診断
miR-423-3p 前立腺がん 予後、去勢抵抗性
miR-30a 口内扁平上皮がん
治療、シスプラチン感度
miR-106b-3p 大腸がん 治療


バイオマーカーとしてのエクソソームに対する関心は、CAS コンテンツコレクションの分析で明らかになったエクソソーム療法・診断の応用に関連する文献数の大幅な増加にも反映されています(図5)。 一見すると、治療薬関連の文献が上位を占めているように見えますが、一般的にはいずれの応用にも均等に分布しています。

CAS エクソソームに関するトピックの図4

図5. エキソソームの診断と治療への応用:(A)エクソソームの治療への応用と診断への応用に関連する文献数の比較。挿入図:エクソソームの治療への応用と診断への応用に関連する文献が占める割合の年間成長。 (B)エクソソームの治療と診断への応用に関連する文献数を、その役割の指標(THU:治療、DGN:診断)で比較したもの。

現在のエクソソーム療法の研究は有望ではあるものの、多くの研究は前臨床段階に留まっています。 とはいえ、治療や診断において、エクソソームの潜在能力をどれほどフルに活用できているのでしょうか。 どのような障害や課題が立ちはだかっているのでしょうか。 本シリーズの最終回では、エクソソーム研究の中心的存在を明らかにし、この活発な分野での主な研究の取り組みに関する最新情報をお届けします。 詳しくは、CASのExosomes Insight Reportをご覧ください。

2023年最大の科学のブレークスルーと最新トレンド

CAS Science Team

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イノベーションの速度は決して緩むことがありません。ここで紹介する科学のブレークスルーの影響は、私たちの生き方や働き方、そして周りの世界との私たちのつながり方を再定義することになるでしょう。  

 


 

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宇宙探査の新時代 

宇宙探査の新時代

宇宙が信じられないほど広大だと、認識を新たにするような出来事が起きました。 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡から、初めての写真が届いたのです。そしてそれは、畏敬の念を抱かせるものでした。 これは、今までで最も技術的に高度で強力な望遠鏡です。これにより得られる宇宙の知識は、今後何世代にもわたり、将来のミッションや探査につながっていくことでしょう。 最近では、新たな月探査ミッションがNASAのアルテミス計画として開始されました。これも、将来の火星探査への道を切り開くものとなります。 この宇宙探査の新時代は、宇宙航空学以外の分野の技術的進歩を促し、材料科学や食品科学、農業、さらには化粧品に至るまで、実社会での応用を発展させるのです。

AI予測におけるマイルストーン

AI予測におけるマイルストーン

科学コミュニティでは、タンパク質の機能と立体構造の関係をより詳しく理解すべく、何十年にもわたってその解明に取り組んできました。 そんな中、2022年7月のDeep Mind社は、AlphaFold2RoseTTAFold、そしてtrRosettaX-Singleのアルゴリズムを用いることで、タンパク質分子の折りたたまれた立体構造はその直鎖状アミノ酸配列から予測できることを明らかにしました。 このアルゴリズムの予測により、構造データが不明なヒトタンパク質の数は、4,800個からわずか29個まで減少したのです。 AIには常に課題が付きまといます。それでも、タンパク質の構造を予測できるようになると、ライフサイエンスのあらゆる領域に影響を及ぼします。 今後の主な課題は、天然変性のタンパク質や、翻訳後修飾や環境条件により構造が変化するタンパク質のモデリングなどになります。 タンパク質のモデリング以外でも、AIの発展は多くの産業と学術分野でワークフローを再構築し、そして発見能力を拡張し続けています。

合成生物学における発展中のトレンド

合成生物学における発展中のトレンド

合成生物学には、治療薬、香料、繊維、食品、燃料など、さまざまな生体分子や材料の製造に人工生物系(ゲノムの大部分またはゲノム全体が設計または操作された微生物など)を用いることで、合成経路が再定義されるほどの可能性を秘めています。 例えば、豚の膵臓を使用しないインスリン、牛を必要としない革、クモを必要としないクモの糸が製造可能になる可能性があります。 ライフサイエンス分野だけでも信じられないほどの潜在的可能性があるところ、この合成生物学を製造業に応用すれば、将来のサプライチェーンの課題を最小化し、効率を高め、よりサステナブルなアプローチでバイオポリマーや代替素材を生み出す新たな機会が得られるようになります。 現在は、AIベースの代謝モデリングやCRISPRツール、そして合成遺伝回路などを使用することで、代謝の制御をはじめ、遺伝子発現の操作やバイオプロダクションの経路構築などが行われています。 この分野は、枠を超え複数の産業に広がり始めています。代謝の制御と工学の課題に関する最新の開発状況と新たなトレンドは、2022年のJournal of Biotechnology誌の記事で紹介されています。

単一細胞メタボロミクスは飛躍的に進歩する 

単一細胞メタボロミクスは飛躍的に進歩する

遺伝子配列解析とマッピングの研究は大きく進歩した一方、まだ細胞に関してはゲノム解析でそれにどんな能力があるのかまでしか知ることができません。 細胞の機能を詳しく理解するためのプロテオミクスとメタボロミクスのアプローチは、それぞれ異なった切り口から分子の特性と細胞内経路を明らかにします。 単一細胞メタボロミクスにより、生体システム内の細胞内代謝のスナップショットが得られます。 ただ、課題はメタボロームが急速に変化することであり、そのため細胞の機能を理解するためには試料調製が重要になってきます。 単一細胞メタボロミクスにおける(オープンソースの技術、高度なAIアルゴリズム、試料調製、新しい形態の質量分析などによる)最近の進歩を総合すると、詳細な質量スペクトル分析が可能であることがわかります。 これにより、研究者は細胞単位で代謝産物集団を判断することができ、診断の可能性が大きく広がります。 将来的には、生体内の単一のがん細胞を検出できるようになる可能性すらあります。 新しいバイオマーカー検出法や、ウェアラブル医療機器、そしてAI支援によるデータ解析を組み合わせることにより、これら一連の技術は、診断と生活を向上させることでしょう。

新しい触媒でよりグリーンな肥料生産が可能に

新しい触媒でよりグリーンな肥料生産が可能に

毎年、数十億もの人々が継続的な食料生産のために肥料に頼っています。肥料生産におけるカーボンフットプリントとコストを削減することにより、農業が排出量に与える影響を変えることができます。 肥料生産で使われるハーバーボッシュ法では、窒素と水素をアンモニアに変換します。 変換時のエネルギー消費量を削減させるため、東京工業大学の研究者らは、窒化ランタン担体上に触媒活性を有する遷移金属(Ni)を含有した、水分が存在する状態でも安定した活性を維持する貴金属フリーの窒化物触媒を開発しました。 この触媒はルテニウムを含まないため、低コストなカーボンフットプリント削減のアンモニア製造方法の選択肢が登場したことになります。 La-Al-N担体は、ニッケルやコバルト(Ni、Co)などの活性金属とともに、従来の金属窒化物触媒と同程度の速度でNH3を生成します。 サステナブルな肥料生産の詳細に関しては、最近のCASの記事をご覧ください。

RNA治療薬での発展

CRISPRとRNAでの発展

mRNAは、COVID-19ワクチンでの応用で注目されましたが、RNA技術の真の革命は始まったばかりです。 最近、新しい多価ヌクレオシド修飾mRNAインフルエンザワクチンが開発されました。 このワクチンは、20種類の既知のインフルエンザウイルスのサブタイプすべてに免疫防御をもたらし、将来的な感染爆発を防ぐ可能性を持っています。 まれな遺伝性疾患の多くが、mRNA治療の次の目標になっています。これは、そこでは多くの場合重要なタンパク質が欠落しているため、mRNA治療で健康なタンパク質と置き換えることで治癒できる場合があるためです。 mRNA治療薬のほかにも、臨床パイプラインには複数のがんのほか、血液・肺疾患に対するRNA治療薬候補がたくさんあります。 RNAは標的性に優れ、多目的性がありカスタマイズも容易なため、広範囲にわたる疾患への応用が可能です。 活気にあふれるこのRNA技術の臨床パイプラインと最新トレンドに関する詳細は、CAS Insights Reportの最新号をご覧ください。

急速な骨格変換

急速な骨格変換 

合成化学では、分子構成における単一の原子を安全に入れ替えることや、分子骨格における単一の原子を挿入または削除することは、困難な課題でした。 周辺置換基で分子を官能化する方法(C-Hの活性化など)は多数開発されているものの、有機化合物の骨格の単一の原子に対して修飾を施す方法は、シカゴ大学のMark Levin氏のグループが最初に開発したものです。 これにより、ピラゾールやインダゾールの核のN-N結合を選択的に開裂し、ピリミジンやキナゾリン類を得ることができます。 骨格編集法がさらに発展すれば、市販分子が急速に多様化し、より速い機能分子や理想的な医薬品候補の発見につながる可能性があります。

四肢再生の前進

四肢再生の前進

2050年までに、四肢欠損の患者は年間360万人を超えると予測されています。 長い間、科学者たちは、四肢再生の鍵を握るのは神経の存在だと信じていました。 ところが、Muneoka博士らの研究により、哺乳類の指の再生に機械的負荷が重要であること、そして神経がなくても再生が阻害されないことが明らかになりました。 また、タフツ大学の研究者らによるウェアラブルバイオリアクターでの急速多剤投与を用いたカエル四肢の長期的な再生の成功でも、四肢再生の研究は大きく発展しています。 この初期の成功は、より大規模で複雑な人体の組織再形成の進歩につながる可能性があり、最終的には退役軍人や糖尿病患者、また四肢の切断や外傷を受けた人々に恩恵を与えることになるでしょう。

核融合の点火でエネルギーの純増に成功

太陽の核融合の写真

核融合とは、太陽や恒星の動力源になっているプロセスです。 核融合をエネルギー源として地球上で再現できれば、理論上は地球で将来必要になるエネルギーをすべて供給できると考えられるため、何十年にもわたって研究されてきました。 その目標は、軽原子を強く衝突させて融合させ、消費した以上のエネルギーを放出させることでした。 しかし、正の原子核同士の電気的反発に打ち勝つには、非常に高い温度と圧力が必要になります。 この反発を乗り越えられれば、核融合は膨大なエネルギーを放出し、それが引き金となって周辺の原子核の融合も誘発するはずです。 今までの核融合の試みでは、強磁場と強力なレーザーを使用していましたが、消費した以上のエネルギーを生み出すことはできていませんでした。

ローレンスリバモア国立研究所の核融合実験点火施設の研究者によると、核融合の点火に成功し、投入レーザーエネルギー2.05メガジュールに対して3.15メガジュールのエネルギーを発生させたとしています。 これは記念すべきブレークスルーであることは間違いないものの、核融合炉が実用化されて送電グリッドへ電気の供給が実現するには、まだ何十年もかかる可能性があります。 実現までには解決すべき大きなハードル(拡張性、発電所の安全性、レーザー発生に必要なエネルギー、無駄になる副産物など)が数多くあります。 とは言え、核融合点火の成功というブレークスルーは大きなマイルストーンであり、この成果を土台に今後の進歩に道を開くことは間違いありません。

薬物送達と診断を再編成するエクソソーム

CAS Science Team

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こちらのCAS Insight Reportでは、エクソソームの重要な出来事や新しい応用、そして新興トレンドについて明らかにします。 天然の脂質ナノ粒子であるエクソソームは、そのユニークな物理特性により、将来、医薬品開発や薬物送達、そして診断といった新たな応用が期待されています。

exosome insight report 2

エクソソーム - それは自然界がもたらした脂質ナノ粒子という、薬物送達と診断の希望の星

exosomes hero image

ここ数年、mRNAワクチンで脚光を浴びた脂質ナノ粒子。そんな中、エクソソームは「自然界に存在する脂質ナノ粒子」と呼ばれています。 細胞外小胞のサブセットとして、将来の薬物送達や診断の分野を一新させる可能性があります。 その独特な物理特性(生来の安定性、生体適合性、血液脳関門を通過する能力)は、将来的に多くの利点をもたらすでしょう。

このACS Nano誌の査読付き論文では、CAS コンテンツコレクションを利用して、創薬や診断におけるエクソソームの多面的な利点を検証します。 この検証には、歴史的なブレークスルー、送達媒体としての可能性、そして診断における新たな役割などが含まれます。 

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