リチウムイオン電池のリサイクルをめぐる規制環境

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リチウムイオン電池(LIB)は、携帯電話やノートパソコン、そして最近では電気自動車やハイブリッド車など、さまざまな消費者製品に一般的に使われています。 LIBの使用量が増加している中、その生産に合わせ、潜在的な環境コストを軽減させるためには、おそらくリサイクルが必須になります。

ACS Energy Mattersに掲載されたこの査読付き論文では、米国、欧州連合そして中国に焦点を当て、世界中のLIBリサイクル規制の状況を調査します。 また、これらの規制から引き起こされるであろう影響や、大規模リサイクルのロジスティクスについても考察します。

科学者はどのようにして環境の炭素バランス回復に取り組んでいるのか

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人間の能力は、近年の技術と医療の進歩によって向上しはじめたばかりであるにもかかわらず、過去30年間だけでも約830ギガトンのCO2を大気中に放出しています。 国連は、2050年までに「ネットゼロ」達成を誓約しました。これはつまり、大気中に放出されるのと同量のCO2を、大気中から除去することを意味しています。 この目標の達成には、世界中の科学者、政策立案者、そして産業界の協力が必要です。

ChemRxivに掲載された本ジャーナル論文では、科学者と実業家が環境中の炭素バランスを回復するためにどのようなアプローチをとってきたかを、CAS コンテンツコレクションを活用して分析しています。 そこでは、この分野における新たなトピックや最新トレンド、そして現在直面している課題などについて、独自の視点で概観しています。 こちらで全文をお読みください。

  • Xiang Yu 、CAS(米国化学会情報部門)、
  • Carmen Otilia Catanescu、CAS(米国化学会情報部門)、
  • Robert Bird、CAS(米国化学会情報部門)、
  • Sriram Satagopan、CAS(米国化学会情報部門)、
  • Zachary J. Baum、CAS(米国化学会情報部門)、
  • Qiongqiong Angela Zhou、CAS(米国化学会情報部門)

リチウムイオン電池のリサイクル - その技術とトレンドの概要

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リチウムイオン電池(LIB)の生産量と使用量の飛躍的増加に伴い、その製造と廃棄は、政治的にも、そして環境的な観点からも懸念されています。 リチウムイオン電池原料の世界的な埋蔵量は限られ、しかも偏在しています。また、その採掘は少なからぬ公害を引き起こしています。 こういった環境に対する原料の影響が懸念される状況の中、LIBリサイクルはその潜在的解決策のひとつとして位置づけられてきています。

ACS Energy Lettersに掲載されたこの査読付き論文では、CAS コンテンツコレクションのデータを活用して、過去10年間のリサイクルの種類や方法を調査しました。 経済的・環境的なメリットと課題についても議論しているほか、リサイクル施設の世界的な状勢にも触れます。 ジャーナル全文を読む

プラスチックを「食べる」スーパー酵素はプラスチック問題を解決できるか

Rumiana Tenchov , Information Scientist, CAS

安価で耐久性・適応性に優れたプラスチックの生産は、ここ数十年で爆発的に増え、私たちの生活のあらゆるところに浸透しています。しかし、かつて望ましいとされたこのポリマーには大きな問題があります。 プラスチックは分解に数百年かかると言われており、その天文学的生産量は毎年3億5千万トンを超え、プラスチックによる汚染は世界が直面する最も緊急な環境問題のひとつになっています。  

年間1億5千万トンもの驚くべき量のプラスチックが埋立地や自然環境の中へと放出され、800万トン以上が河川から世界の海へと運ばれています。 そのほとんどは分解されず、単に微小粒子に細かくなっていくだけです。 このマイクロプラスチックについては十分に立証されていますが、今や海水中や海洋動物の体内、さらには人間の胃腸の奥深くにまで存在しています。 プラスチック汚染は、現在人類が直面している最も重大な環境問題のひとつであり、研究者はこのややこしいプラスチック問題の解決策を求めて懸命に研究を進めています。

解重合 - ポリマーのリサイクルという問題の解決に向けて

プラスチックは、モノマーブロックが鎖状に繰り返しつながったポリマーでできています。 プラスチックで広く使われているもののほとんどは、熱可塑性または熱硬化性のものです。 アクリル、ポリアミド、ポリエチレンなどの熱可塑性プラスチックは、高温になると柔らかくなり成形可能で、冷えると固まります。 この特性により、柔らかくして新しい製品に再成形できるため、リサイクルは比較的容易ですが、品質は低下するので利点は制限されます。 ポリウレタンやエポキシ樹脂、メラミン樹脂などの熱硬化性プラスチックは、熱を加えると固まるため、リサイクルはほぼ不可能です。 熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂のリサイクルに課題があるということは、すべてのプラスチックがいずれは環境汚染の一因となることを意味しています。

真のリサイクルを実現し、新たな製品に再利用するには、解重合という工程を経て、廃プラスチックを元のモノマーに戻す必要があります。 これは、グローバルな循環型資源経済を実現するために必要な、重要な技術的進歩です。 生態系における微生物による摂取と増殖には、モノマーへの完全な解重合が必要な場合があります。 

そこで解重合を実現するため、科学者は自然界に目を向け、プラスチックを分解する微生物の酵素を探しています。 2012年、大阪大学の研究者たちは、世界で最も使用されているプラスチックのひとつ、ポリエチレンテレフタレート(PET、CAS 登録番号25038-59-9、式 (C10H8O4)n)を分解する酵素をコンポストの山から発見しました。  

この酵素は、 leaf-branch compost cutinase(LLC)と呼ばれ、PETモノマー間の結合を切断します。ただし、PETの軟化温度65℃に耐えられないため、 この温度で数日間作業すると変性し、産業上の実用性は限定的でした。 解重合は溶けたプラスチックでしか発生しないため、酵素は温度が上がっても安定していることが必要です。

無名の土壌細菌による複動型PET解重合反応 

PETは熱可塑性プラスチックで、最も広く使用されているポリエステルのひとつです。 世界のPET生産量は、2014年の4,200万トンから2016年には5,000万トンに増加し、2022年には8,700万トンに達するとされています。 

これは石油由来のテレフタル酸(TPA)エチレングリコール(EG)から製造される合成高分子です。 PETは、結晶構造と粒子径によって、透明、不透明、白色などの色にできる汎用性の高い高分子です(図1)。 衣料用繊維やボトルなどの容器の製造に広く使われており、無延伸PETは熱成形(モールド)によりブリスターパックなど他の梱包容器の製造に使われています1。 PETを効果的に解重合させる方法を発見することは、プラスチックの真のリサイクルとその成果としての環境保護に向けた、重要なマイルストーンになります。

PET製品と構造式
図1 . PET製品(A)と構造式(B)

エステラーゼ酵素(エステルを酸とアルコールに分解する酵素)が自然界に多く存在することから、PETの生分解は盛んに研究されてきました2。 しかし、PETの生物学的分解や、微生物の増殖を補助するためのPETの生物学的分解の利用に関する報告はあまりありません。 Fusarium oxysporumFusarium solaniなど糸状菌のグループの一部の菌は、PETの糸を含む鉱物培地で増殖されています3。  

2016年、吉田ら4は、日本のプラスチックリサイクル施設付近のPETに汚染された堆積物で、増殖していた土壌細菌Ideonella sakaiensis 201-F6株を発見し、その特性について報告しました。 このグラム陰性好気性桿菌は、その主要炭素・エネルギー源としてPETを利用して増殖する驚くべき能力をもっています。   

このI.sakaiensisは、2つの酵素系を用いてPETをその構成要素のTPAとEGに分解し、それがさらに炭素とエネルギー源に異化します。 2つの酵素の一方のISF6_4831タンパク質は、エステル結合を加水分解して切断します。 脂肪族よりも芳香族のエステルを好み、特にPETを好む傾向があることから、これはPETヒドロラーゼ(PETase)と命名されました。 I. sakaiensis内のPETase酵素はクチナーゼ様のセリンヒドロラーゼで、PETポリマーを攻撃し、ビス(2-ヒドロキシエチル)テレフタラート (BHET)モノ (2-ヒドロキシエチル) テレフタレート (MHET)、およびTPAを遊離させます。 PETaseは、さらにBHETをMHETとEGに切断します。 第二の酵素のISF6_0224タンパク質、MHETヒドロラーゼ(MHETase)は、可溶性MHETをさらに加水分解してTPAとEGを生成します(図2参照)。 PETを完全にリサイクルするためには、環境に優しいモノマーのTPAとEG4にPETを酵素変換する両方の酵素と、おそらくその相乗効果が必要です。 

PETの解重合スキーム

図2.  の解重合スキーム:PETaseはその触媒作用でPETをビス(2-ヒドロキシエチル)テレフタラー (BHET)、モノ (2-ヒドロキシエチル) テレフタレート (MHET)とテレフタル酸(TPA)に解重合する。 MHETaseは、MHETをモノマーのTPAとエチレングリコール(EG)に変換する。

 

PETase変異体によるPET分解能力の大幅向上

PETase酵素の配列と構造の研究では、クチナーゼと類似していることがわかっています。これは、多くの植物において、その保護膜の一部を構成する天然のワックス状の高分子、クチンを分解するために多くの細菌が進化させてきた酵素ですI.sakaiensis 2のPETaseは、結晶構造解析と生化学的試験により、結合部位にオープンな活性部位構造を持ち、標準的なセリンヒドロラーゼの触媒機構に沿って作動している可能性が高いことが明らかになりました5。 

PETaseの構造変化と同族のクチナーゼ活性部位溝に基づき、現在は触媒中心から遠位に二重変異を持つ変異体など、PETaseの変異体が作られ、そしてPET分解の試験が行われています。 この領域は、重要な基質結合相互作用を改良できると仮定されています。 このクチナーゼ構造に基づく二重変異体は、野生型PETaseに比べて高いPET分解能力を示すことがわかり6、現在特許を申請中です7。 

クチナーゼの2つの活性部位の残基の変異によって結合溝を狭めることで、PETの分解が促進されることが確認されています。これは、PETが豊富な環境で進化したにもかかわらず、PETaseが結晶性PETの分解に最適な構造を示していないことを示唆するものです。 この変異型の酵素では、わずか数日後からプラスチックの分解が始まります。海洋での分解に数百年かかるのに比べると格段に速いと言えます。 

二重変異体から二重酵素カクテルへ

この反応にMHETase酵素を加えると、混合酵素はPETase単体よりも2倍速くPETを分解します。 テストした酵素の負荷量範囲内で観察された分解の傾向は、両酵素の濃度が高くなるにつれて構成モノマーレベルが上昇することを示しています。 これは、反応が基質ではなく酵素に制限されていることを示します。 また、相乗効果分析により、PETaseの負荷により分解率が上昇すること、PETaseに対して低濃度であってもMHETaseが存在することで総分解率が向上することが示されました。 今回の実験では、PETaseとMHETaseの最適な比率は示されていません。

スーパー酵素作製でPET分解が3倍に

PETの分解特性とその範囲を探る追加の実験の中で、研究者たちは、MHETaseとPETaseを1本の長い鎖につなぎ合わせて新たなスーパー酵素を生み出しました。 柔軟なグリシン・セリンリンカーを用いて、MHETaseのC末端とPETaseのN末端を共有結合したキメラタンパク質を生成し、非晶質PETの分解を分析試験しました(図3)。 異なる複数の酵素によって達成された分解の程度を比較すると、キメラタンパク質はPETaseとMHETaseの両方、および非連結の酵素混合物よりも優れていることがわかりました。  

3つのキメラ酵素の図
図3. 
3種類のキメラ酵素のスケッチ(リンカーがMHETaseのC末端とPETaseのN末端をつないでいる)" data-entity-type="file" data-entity-uuid="be1accc2-3d3b-4504-b905-8a015a43802f" src="/sites/default/files/inline-images/PET-Figure3.jpg" />

 

興味深いことに、このスーパー酵素はPETを解重合するだけでなく、ビール瓶に使われている糖由来のバイオプラスチックであるPEF(ポリエチレンフラノエート)にも作用します。  
 
セルロースやキチンなどの天然高分子の酵素分解は、自然界では微生物から分泌される相乗作用する酵素の混合物によって達成されています8。 これらの天然微生物のシステムは、こういった高分子を最適に分解できるよう、長い時間をかけて進化してきました。 I. sakaiensisなどの一部の土壌細菌も、同様に2つの酵素系でポリエステル基質を利用するために進化してきたようです4,9。 何世紀もかかる自然分解とは異なり、スーパー酵素はわずか数日でPETをモノマーに戻せます。とは言え、まだこれでは遅すぎて商業的に採算が合いません。 

プラスチックの分解で無限のリサイクル

スーパー酵素は、PETを元のモノマーに戻すことで、プラスチックを無限に製造そして再利用することを可能にし、化石資源への依存を減らすことができます。 しかも技術革新はそこで終わりません。

2020年、PETをわずか10時間で分解する別の酵素が発見されるという、大きな進展がありました10。 研究では、2012年に初めて発見された葉枝コンポストのクチナーゼ(LCC)をはじめ、多種多様な菌や酵素をスクリーニングし、候補の酵素を探しました。そして、結合部位のアミノ酸を変え、熱安定性を向上させることで、数百種類の変異型PETヒドロラーゼ酵素を作製しました。 その後、細菌変異体をスクリーニングし、効率的なPET分解酵素を同定しました。 この作業を何度も繰り返し、PETを分解する効率が元のLCCの1万倍も高い変異型酵素を単離したのです。 これは、PETの融点に近い72℃でも安定しています。 この発見は、PETの無限リサイクルの実現に大きく貢献するものです。実際に、すでに工業における試運転段階に入っています10。 

微生物とその酵素がもたらす可能性は、まだ氷山の一角に過ぎません。 ほとんどのプラスチックは化石燃料から作られており、よってその製造は有限ですが、にもかかわらず私たちの環境にはどこにでもあります。 循環経済を形成する方法を見出さない限り、プラスチック汚染は今後も拡大し続けるでしょう。 すでに存在する廃棄物をリサイクルする方法を見つけなければ、私たちが依存しているプラスチック製品は数十年後には生産できなくなります。 従来のリサイクルは効果的でも持続可能でもなく、工業規模でプラスチックをモノマー成分に還元しない限り、この問題の解決は望めません。 幸い、自然の助けと技術を尽くした進化、そして科学的な工夫によって、この問題は解決できる希望が出てきました。  

「グリーン」なイノベーションをさらに知る

イノベーションの原動力になる新種を探す上で、ブラジルの熱帯雨林ほど生物多様性が豊かな場所はありません。 データがどのようにして収集され、公的に利用されているか、そしてそうすることでそれが地球上の生物多様性の15~20%を保護することにどう結びつくのか、より詳しく知りましょう。  

『重要なデータの構築によりブラジルの生物多様性からイノベーション実現へ』をお読みください) 


参考文献

(1)    Pasbrig, E.; Claessens, P.; Walker, R. I.; Walker, R. Peelable cover film for pharmaceutical packaging, e.g. blister packs, comprises paper, aluminum foil or heat-resistant plastic, a layer of special plastic film, mesh or fabric, a layer of aluminum foil and a heat-sealing layer. EP1767347-A1; WO2007038488-A2; EP1928654-A2; AU2006294788-A1; US2008251411-A1; CN101316702-A; CA2623586-A1; JP2009509874-W; TW200727887-A; MX2008004201-A1; IN200801248-P2; ZA200802826-A; BR200616412-A2; WO2007038488-A3; EP1928654-A4. 

(2)    Han, X.; Liu, W. D.; Huang, J. W.; Ma, J. T.; Zheng, Y. Y.; Ko, T. P.; Xu, L. M.; Cheng, Y. S.; Chen, C. C.; Guo, R. T., Structural insight into catalytic mechanism of PET hydrolase. Nature Communications 2017, 8. DOI: 10.1038/s41467-017-02255-z 

(3)    Nimchua, T.; Eveleigh, D. E.; Sangwatanaroj, U.; Punnapayak, H., Screening of tropical fungi producing polyethylene terephthalate-hydrolyzing enzyme for fabric modification. J. Ind. Microbiol. Biotechnol. 2008, 35 (8), 843-850. DOI: 10.1007/s10295-008-0356-3 

(4)    Yoshida, S.; Hiraga, K.; Takehana, T.; Taniguchi, I.; Yamaji, H.; Maeda, Y.; Toyohara, K.; Miyamoto, K.; Kimura, Y.; Oda, K., A bacterium that degrades and assimilates poly(ethylene terephthalate). Science 2016, 351 (6278), 1196-1199. DOI: 10.1126/science.aad6359 

(5)    Rauwerdink, A.; Kazlauskas, R. J., How the Same Core Catalytic Machinery Catalyzes 17 Different Reactions: the Serine-Histidine-Aspartate Catalytic Triad of alpha/beta-Hydrolase Fold Enzymes. Acs Catalysis 2015, 5 (10), 6153-6176. DOI: 10.1021/acscatal.5b01539 

(6)    Austin, H. P.; Allen, M. D.; Donohoe, B. S.; Rorrer, N. A.; Kearns, F. L.; Silveira, R. L.; Pollard, B. C.; Dominick, G.; Duman, R.; El Omari, K.; Mykhaylyk, V.; Wagner, A.; Michener, W. E.; Amore, A.; Skaf, M. S.; Crowley, M. F.; Thorne, A. W.; Johnson, C. W.; Woodcock, H. L.; McGeehan, J. E.; Beckham, G. T., Characterization and engineering of a plastic-degrading aromatic polyesterase. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2018, 115 (19), E4350-E4357. DOI: 10.1073/pnas.1718804115 

(7)    Beckham, G. T.; Johnson, C. W.; Donohoe, B. S.; Rorrer, N.; McGeehan, J. E.; Austin, H. P.; Allen, M. D. New modified polyethylene terephthalate -digesting enzyme comprising amino acid mutation of an active site residue, is used to degrade a polymer e.g. polyester, aromatic polymer or semi-aromatic polymer and polyethylene terephthalate. WO2019168811-A1. 

(8)    Payne, C. M.; Knott, B. C.; Mayes, H. B.; Hansson, H.; Himmel, M. E.; Sandgren, M.; Stahlberg, J.; Beckham, G. T., Fungal Cellulases. Chem. Rev. 2015, 115 (3), 1308-1448. DOI: 10.1021/cr500351c 

(9)    Taniguchi, I.; Yoshida, S.; Hiraga, K.; Miyamoto, K.; Kimura, Y.; Oda, K., Biodegradation of PET: Current Status and Application Aspects. Acs Catalysis 2019, 9 (5), 4089-4105. DOI: 10.1021/acscatal.8b05171 

(10)    Tournier, V.; Topham, C. M.; Gilles, A.; David, B.; Folgoas, C.; Moya-Leclair, E.; Kamionka, E.; Desrousseaux, M. L.; Texier, H.; Gavalda, S.; Cot, M.; Guémard, E.; Dalibey, M.; Nomme, J.; Cioci, G.; Barbe, S.; Chateau, M.; André, I.; Duquesne, S.; Marty, A., An engineered PET depolymerase to break down and recycle plastic bottles. Nature 2020, 580 (7802), 216-219. DOI: 10.1038/s41586-020-2149-4 

運動能力向上剤をめぐる科学

Zach Baum , Information Scientist, CAS

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夏季オリンピックは、勝利、決意、そしてアスリートの偉業の驚くべき物語を紡ぎます。 アスリートは常にルールの範囲内で優位性を見つけようとするものですが(ダイエット、高圧室、凍結療法など)、運動能力向上剤(PED)は越えてはならない一線です。 運動能力向上剤は、国際オリンピック委員会米国ドーピング防止機構世界ドーピング防止機構により絶えず調査、追跡、検査されています。 薬物も方法論も進化していても、オリンピックからツール・ド・フランスアイアンマントライアスロン、さらにはクロスフィットゲームなどのニッチなスポーツまで、いまだに主要な運動能力向上剤はアナボリック・アンドロゲンステロイド(AAS)です。 本ブログ記事では、一般的な運動能力向上剤の詳細と、それらを検出するための対策を紹介します。

運動能力向上剤とは

ステロイドとその代謝物、そしてテストステロンの構造的な理解は、その検出用の分析プロトコルを開発する上で重要です。 テストステロン(T)は、天然に産生されるホルモンで、アンドロゲン受容体のネイティブリガンドです。 この受容体がテストステロンや合成ステロイドなどのアンドロゲンと結合すると活性化され、筋力、骨密度、赤血球の生産量の増加など、望ましい運動能力向上効果が得られます。 アスリートにとって筋肉や骨が強くなるのは当然の強みですが、赤血球の生産量が増えることでも筋肉や臓器に多くの酸素が供給され、エネルギーの生産と回復を促進します。 従ってテストステロンは(合成および天然のいずれも)、アナボリックステロイドの基礎になっています。 

アナボリックステロイドは、主に3つのカテゴリーに分類されます(下図1)。

  • テストステロン誘導体
  • 5α-ジヒドロテストステロン(DHT)誘導体
  • 19-ノルテストステロン誘導体

アナボリックステロイドの3つの主要カテゴリー

図1:一般的なアナボリック・アンドロゲン作用のあるテストステロン誘導体、5α-ジヒドロキシテストステロン誘導体、19-ノルテストステロン誘導体と比較した、テストステロンの構造。

構造、基質活性、半減期の違いは、これらのアナボリック・アンドロゲン作用のあるテストステロン誘導体の生物学的特性に影響を与えます。 特に誰もが自然にテストステロンを持っているため、こういったところでの違いこそが化合物を検出する方法を設計する上での基礎になります。 

運動能力向上剤の検出方法

それぞれの薬物について、その主要な代謝物を特定することが、尿や血液、または唾液による直接的な診断検査を開発する第一歩になります。 ヒトの体内では、天然の(内因性の)テストステロン(T)とエピテ ストロン(E)は約 0.4-2 の割合で生成されています(図 2A)1。 初期の検出方法では、尿検体中のテストステロンとエピテストステロンの比率を単純に測定するものなどでした。 T/Eレシオが4を超えていると、外因性テストステロン製剤によるドーピングが疑われました。 ラボで作られたTは内因性T2よりも13C:12Cの比がわずかに低いので、外因性Tの存在を確認するためには、ラボではTの13C:12Cの同位体比を測定します。 この方法は、2006年のツール・ド・フランスでのフロイド・ランディス氏の起訴において、彼が実際に外因性テストステロンを使用していたことを証明するのに使用されました。

アナボリックステロイド検出のテストパラメータ

図2. アナボリック・アンドロゲンステロイド検出のためのテスト用パラメータ。 A:テストステロン(T)とエピテストステロン(E)の構造。人体では0.4〜2の割合で生成される。 T/E値が4以上の場合は、AASドーピングの証拠とみなされる。 B:尿検査によるスタノゾロール検出に必要な代謝物と分析方法。

何か新しいステロイド系薬物が初めて運動競技に登場すると、その検出と分析のためには薬物の特性と代謝を理解することが規制当局に課せられた責務になります。 1988年のソウルオリンピックで、短距離走者のベン・ジョンソンが100m走で世界記録を出した後、スタノゾロールの陽性反応が出て金メダルを剥奪された件が、これにあたります。 この薬物の検出方法を開発するために、研究者はスタノゾロールの代謝を理解し、どうすれば最も高感度で検出できるかを把握する必要がありました。 スタノゾロールの主な代謝経路は図2Bの縦の経路で示されます。なお、従来からあるガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)3による代謝物の検出に必要なサンプル処理もそこに示されています。 ただしスタノゾロールは、図2Bの水平経路に示す17-エピ・スタノゾロール-N-グルクロニドという別の代謝物も少量産生します。 この代謝物は長期間存続し、なんと投与後28日目でも検出できます。 この代謝物からスタノゾロールを検出するために、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)と液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)を組み合わせた複合的な方法が最近開発されました。 簡単に言うと、こういった手法ではイオンが生成され、それは質量によって分離・同定できるため、そこに存在する代謝物の特性を明らかにし、そして同定することができるようになるわけです。 


なぜ運動能力向上剤は継続的な問題なのか

2000年代初頭、科学者たちがアナボリック・アンドロゲン作用のあるステロイドを検出する技術の改良に忙殺されている間、バリー・ボンズはホームランを量産していました。 実際はその舞台の裏側では、ボンズをはじめ他の選手たちが新しい合成ステロイド、テトラヒドロゲストリノン(THG)が使用していたことを、MLBはまったく知りませんでした。これは、ドーピング防止検査規定を念頭に置いて特別に設計された、強力なアナボリック作用を持つステロイドだったのです。 これは「The Clear」と呼ばれるTHGというもので、ドーピング防止プログラムは当初その存在と代謝物を知らなかったため、尿から検出できませんでした。 ところが調査の際に、使用済み注射器の残渣からTHGを抽出してその同定に成功しました。その後はスクリーニング用のLC-MS/MS法を容易に開発できたのです4

この野球界のスキャンダルは、ドーピング防止プログラムにおけるAASの直接検出をめぐる問題の代表例です。 第一に、スクリーニングのプロセスでは、既知の物質の既知の代謝物を探します。従って設備の整った組織なら、検出を逃れるためには、まだ見たことがない「デザイナーステロイド」を合成すればうまくいくわけです。 さらに、検査手順が定められたとしていても、検査頻度が少ないと(年に2回検査を実施するMLBなど)、ステロイドの使用が検出されないことがあります。検査間隔が長いと、その間にステロイド代謝物の濃度が検出限界以下になるためです。 また、発見されないようにアスリートが隠ぺい剤や利尿剤を使用することも可能です5。こうなると検査実施側はさらなる負担を強いられることになります。

ドーピング防止機構はこうした問題を認識していましたが、封じ込めに向けた取り組みをしていたにもかかわらず、運動能力向上剤は使用され続けてきました。 外因性物質がなければ、尿中のテストステロン、その前駆体およびその代謝物の濃度と比率は意外と安定していること、そしてアナボリック・アンドロゲンステロイドがこの安定した値に持続的に影響を与えることが、1990年代にはすでに研究で示されていました。 しかし、2007年になるまでは、この比率の異常値を検出するためにベイズ推定を正式に採用されませんでした。 これらの比率は、血液学的プロファイルとともに、アスリート生体パスポート(ABP)を構成します。 このパスポートは、運動能力向上剤の検出能力を高める上での強力なベンチマークツールです。 

運動能力向上剤監視の今後の展開

In vitroバイオアッセイは、アンドロゲン検出のもうひとつの有望な非標的アプローチです。 アンドロゲン応答配列の制御下にあるレポータータンパク質で細胞を変化させることにより、これらのアッセイは、そのソースに関係なくアンドロゲン受容体の活性化を検出することができます6。 そのため、近年スポーツ選手が誤って禁止薬物を摂取する原因となっているサプリメントなど、組成が不明な試料中のアンドロゲンを検出する目的でもバイオアッセイは有用です。 今後、それがステロイド性であっても、あるいはテストステロンと構造的に類似しておらず、そのためその代謝が把握されていない選択的アンドロゲン受容体モジュレータの新しいクラスの一部であっても、さらなる非標的生物活性に基づく検出方法の開発によって、新しいアンドロゲンを特徴付ける上で研究者の助けとなるでしょう7(図3)。

アンドロゲン受容体モジュレータ

図3 不正使用される一般的な選択的アンドロゲン受容体モジュレータ(SARM)の化学構造。

まとめ

オリンピックを迎えるにあたり、そしてそれ以降も、個人による、そして時には所属組織の意向に沿った形でのドーピングのスキャンダルが起こることは間違いありません。 これもエリート選手が参加するスポーツの特徴のひとつになってしまっています。 デザイナードラッグは、その性質上、臨床的な安全性試験が行われていないため、アスリートの健康を損なう恐れがあります。 しかし、スポーツ団体が薬理学を駆使して創意工夫を続けているように、科学はドーピング防止機構に運動能力向上剤の検出に必要な知識と分析能力を提供し続けるでしょう。 こうした分析能力を最大限に高めることが、ドーピングを最小限に抑え、スポーツ界における健康を促進し、公正さを保つ抑止力になるのです。


参考文献

1. Donike, M., Nachweis von exogenem Testosteron. Dt. Ärzte-Verl.: Köln, 1983; p S. 293-298.

2. Polet, M.; Van Eenoo, P., GC-C-IRMS in routine doping control practice: 3 years of drug testing data, quality control and evolution of the method. Anal Bioanal Chem 2015, 407 (15), 4397-409.

3. Schänzer, W.;  Opfermann, G.; Donike, M., Metabolism of stanozolol: identification and synthesis of urinary metabolites. J Steroid Biochem 1990, 36 (1-2), 153-74.

4. Catlin, D. H.;  Sekera, M. H.;  Ahrens, B. D.;  Starcevic, B.;  Chang, Y. C.; Hatton, C. K., Tetrahydrogestrinone: discovery, synthesis, and detection in urine. Rapid Commun Mass Spectrom 2004, 18 (12), 1245-049.

5. Alquraini, H.; Auchus, R. J., Strategies that athletes use to avoid detection of androgenic-anabolic steroid doping and sanctions. Molecular and Cellular Endocrinology 2018, 464, 28-33.

6. Lund, R. A.;  Cooper, E. R.;  Wang, H.;  Ashley, Z.;  Cawley, A. T.; Heather, A. K., Nontargeted detection of designer androgens: Underestimated role of in vitro bioassays. Drug Testing and Analysis 2021, 13 (5), 894-902.

7.Thevis, M.; Schänzer, W., Detection of SARMs in doping control analysis. Molecular and Cellular Endocrinology 2018, 464, 34-45.

 

世界的なワクチン供給の課題への取り組み

Rumiana Tenchov , Information Scientist, CAS

microfluidics for improved production of lipid nanoparticles for vaccines

ナノテクノロジーの飛躍的進歩がワクチン生産を加速

デルタ株の出現により、COVID-19のホットスポットはいまだ継続的に発生している反面、データは依然として予防接種が入院や死亡を防ぐのに効果的であることを示しています。 世界中では40億回分以上のワクチンが投与されましたが、このCOVID-19ワクチンの接種を1回以上受けたのは、世界人口の27%、低所得国では人口のわずか1.1%にすぎません。 これらワクチンの製造と流通にはサプライチェーンの点で数多くの課題がありますが(冷蔵、コスト、そして輸送など)、その中でも特に顕著なのはワクチン用の脂質ナノ粒子の製造です。

国別ワクチン接種済人口の割合 - 2021年7月

図1:ワクチン接種済の人口割合、国および大陸別の内訳

mRNA治療薬には、なぜ脂質ナノ粒子が不可欠なのですか。

mRNA治療薬の人体への送達は、核酸に固有の不安定性や、以下などの特性により、長い間大きな課題でした。

  • その負電荷と親水性により、生体膜間の受動拡散が妨げられてしまう
  • 血清タンパク質との結合、食細胞による摂取、内因性ヌクレアーゼによる分解で、効率的な送達が妨げられてしまう
  • 分解から保護し、標的細胞に送達して効率的に取り込まれるためには、送達ベクターが必要になる  

最近のmRNA COVID-19ワクチンに見られるように、脂質ナノ粒子(LNP)は、mRNAを効果的に保護して細胞に送達するのに優れていることが証明されました。

ワクチンの生産は脂質ナノ粒子の生産量に制限される

どんな治療薬であれ、その生産規模を拡大することは困難ですが、しかしワクチンの世界的な需要に対応できるような脂質ナノ粒子の生産は、さらに大きな課題です。 これらのワクチン用に特別に開発および最適化された独自のイオン化可能な陽イオン性脂質の合成は、複雑な多段階プロセスです。 ところが、LNPを大規模に製造するには、さらに大きな課題があります。脂質とmRNAを組み合わせてナノ粒子にするという課題です。

実際、製剤の効率的な製造には、その製造技術が最も重要です。 従来のLNP製造方法には、薄膜水和や逆相蒸発、溶媒注入、界面活性剤除去などがありますが、一般的にカプセル化収率が低く、大きく(> 100 nm)不均一な粒子となるなど、押し出しまたは超音波処理といった追加の縮小処理手順を必要とします。 さらに、これらの方法はスケールアップが難しく、一貫した再現性がありません。

マイクロ流体力学という新たな手法

近年LNPの製造ではマイクロ流体力学が成功を収めています。 マイクロ流体フォーカシング法では、アルコール中の脂質溶液の流れを、水相の同軸の流れと交差して覆われている流路を通過させます(図2A)。 アルコール・水の界面間におけるアルコールと水の相互拡散により、脂質が沈殿し、自己組織化してLNPになります。 マイクロ流体技術は、ロバストでスケーラブルであり、また高度に再現性のある技術です。 mRNAワクチン製剤の場合、脂質混合物には、イオン化可能な陽イオン性脂質、PEG-脂質、ヘルパー脂質(ホスファチジルコリン、コレステロール)が含まれる一方、水相には核酸が含まれます。 陽イオン性脂質は負に帯電した核酸と相互作用し、高いカプセル化効率のLNPをもたらします。 定義済みのサイズと狭いサイズのLNPの分布は、流量や成分比などのマイクロ流体操作パラメータを正確に制御することで生成できます。 ただし、この処理のスループットには制限があり(

マイクロ流体デバイスの概略図

図2 シングルチャネルのマイクロ流体デバイス(A)と128個のマイクロミキシングチャネルを含む新しい並列化イクロ流体デバイス(B)

期待できる初期の結果

最近の製造技術の飛躍的進歩により、現在のマイクロ流体による生産率で100倍以上の向上が実現しました。 128個の並列マイクロミキシングチャネルを含んだマイクロ流体デバイスが構築されています。これは非常に大規模なマイクロ流体統合(VLSMI)プラットフォーム技術を使用した並列マイクロ流体デバイスです。 チャネルは正確な量の脂質とmRNAを混合し、正確に制御されたサイズと量のカプセル化されたmRNAの脂質ナノ粒子を製造します。 このデバイスは、単一チャネルのマイクロ流体デバイスの100倍以上のスループット(18.4 L/h)があり、更なる規模拡大の可能性があるため、RNAを運ぶ脂質ナノ粒子の大量生産が可能になります。 公表された結果では、並列マイクロ流体デバイスは、siRNAおよびmRNAベースの治療薬およびワクチンでの使用に効果的な脂質ナノ粒子を生産することを示しています。  

脂質ナノ粒子の生産でさらに多くのmRNA治療法が可能に

こういったワクチンや治療法の開発は、遺伝子編集やタンパク質置換治療によって医学に革命を起こす可能性を秘めています。 現在、LNPベースのmRNAワクチンは、ジカウイルスやサイトメガロウイルス、結核、そしてインフルエンザなどに対するヌクレオシド修飾mRNAワクチンなど、さまざまな感染症で臨床試験に入っています。 mRNA治療ワクチンは、黒色腫や卵巣癌、乳癌、およびその他の固形腫瘍に対する癌免疫療法において大きな可能性を秘めています。

治療薬のタンパク質の発現に対するmRNAの使用は、タンパク質補充療法の適用により、幅広い疾患の治療に大きな期待が持てます。 この新しく開発されたマイクロ流体製造技術は、拡張可能かつ高精度で再現性のあるLNP生成の臨床的ニーズに対応し、幅広いRNA治療薬やワクチン用のLNPの迅速な処方を可能にします。 これだけでは世界的な流通の課題を解決できませんが、mRNAが解き放つ可能性のある潜在的な治療法とワクチンの新時代における重要な進歩と言えます。

 

COVID-19ワクチンのブースター接種 - 現在の研究で明らかになっている内容

Janet Sasso , Information Scientist, CAS

Nurse administering booster vaccine

mRNAブースター接種の新規推奨事項の発表に伴い、多くの人が自分や家族がCOVID-19ワクチンのブースターを接種すべきなのか、科学的にはどうなのかと質問をするようになってきています。 本ブログ記事では、ブースター接種の基礎を説明し、現在の専門家の推奨事項を確認し、そして公開された最近の研究内容を考察します。  

COVID-19ワクチンのブースター接種とは

COVID-19ワクチンのブースター接種は、ワクチン接種完了後(ファイザー社・ビオンテック社またはモデルナ社のmRNAワクチンでは2回の接種、そしてジョンソン・エンド・ジョンソン社のウイルスベクターワクチンでは1回の接種後、典型的な免疫応答を示している状態)に行う、追加のワクチン接種です。 ブースターワクチンは、その名前が示すように、最初のワクチンの防御効果を高めるためのものです。 個人の免疫系を刺激して、追加の抗体とメモリーB細胞およびT細胞を生成します。


ブースターワクチンというと、多くの人が聞いたことがあるのは、成人用三種混合のTdap(百日せきジフテリア破傷風混合)でしょう。 米国疾病対策センター(CDC)は、成人のブースター接種は10年に1回を推奨していますが、特別な状況下でもブースターの使用が推奨されています。 例えば、百日咳に脆弱な新生児や乳児を保護するために、乳児の親そして介護者はTdapのブースター接種を受けることが奨励されています。 けがで破傷風菌への曝露の可能性がある場合も、破傷風菌感染を引き起こす細菌毒素に対する免疫系を「ブースト」させるために、Tdapブースターが推奨されています。


COVID-19ワクチンのブースター接種は、最初のワクチンによって提供された体液性免疫と細胞性免疫の両方を強化することで、感染した際に免疫系がより素早くSARS-CoV-2ウイルスに反応するようにするものです。

COVID-19ワクチンのブースター接種が推奨される理由  

特定セグメントでは特にそうですが、免疫不全者への追加接種やハイリスク者へのブースター接種は有益であるという明確なエビデンスがあります。 以下のデータは、変異株の出現や免疫力の低下、そして高いウイルス曝露量に伴い、COVID-19ワクチンの有効性が低下していることを示しています。 2021年の夏になると、ほとんどの地域で感染力の強いデルタ変異株が優勢な株となり、そしてその結果症例数が増加したため、ワクチンの有効性に対する印象が変わってしまいました。 ここでもうひとつの注意すべき側面は、米国では2021年夏の前またはそれ以前に、公共の場でのユニバーサルマスキングなど、多くのCOVID-19対策の公衆衛生条例が終了してしまったことです。

  • CDCの研究によると、介護施設におけるmRNAワクチンの予防効果は、2021年3月の74.7%から2021年7月には53.1%に低下しています。
  • イスラエルの研究では、先にワクチン接種を受けた人の方が、後から受けた人と比べて感染のリスクは有意に高くなっていることが示されています。 2021年1月にワクチン接種を受けた人は、2021年4月にワクチン接種を受けた人と比較して、ブレイクスルー感染のリスクが2.26倍増加しました。 米国と同様、 イスラエルでも年齢と健康状態に基づき、最も脆弱な人に最初にワクチン接種をしました。 従って、最初に接種したのはCOVID-19の感染リスクが最も高い人たちでした。 イスラエルの12歳以上の人口の78%が、ファイザー社・ビオンテック社BNT162b2ワクチンの接種を受けています。
  • ニューヨークの研究でも、デルタ株が支配的になるにつれて、感染に対するワクチンの有効性は、ニューヨークの全成人で2021年5月から7月にかけて91.7%から79.8%に低下したことが発見されてわかっています。
  • 英国の研究では、英国のZOE COVID研究で収集したデータを分析しました。 その結果、ファイザー社・ビオンテック社のワクチンのデルタ変異株に対する有効性は、接種完了1か月後の88%から5~6か月後には74%に低下したことが明らかになっています。 オックスフォード大学・アストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンでは、有効性は接種完了1か月後の77%から4~5か月後には67%に低下しています。
  • University of California San Diego Health(UCSDH)の研究では、2021年6月から7月にかけて医療従事者でワクチンの有効性が急激に低下したことが確認されています。 ワクチンの有効性は3月から6月にかけては90%を超えていましたが、7月には65.5%に低下しました。 UCSDHにおいて7月末までには症例の95%がデルタ変異株で占められていました。

米国のワクチンメーカーによるブースターワクチンの接種に関する推奨事項

ワクチン 推奨事項
ファイザー社・ビオンテック社BNT162b2 接種完了から6~12か月の範囲でブースター接種を実施
モデルナ社mRNA-1273 接種完了から6か月後にブースター接種を実施
ジョンソン・エンド・ジョンソン社COVID-19ワクチン 接種完了から8か月後にブースター接種を実施

現在、ファイザー社・ビオンテック社およびジョンソン・エンド・ジョンソン社(対象年齢18~64歳)は現在のワクチンの標準用量を推奨していますが、モデルナ社は標準の100 µgに対して50 µgの低用量を推奨しています。 ジョンソン・エンド・ジョンソン社は、65歳以上の人には、より低用量のブースター接種を推奨しています。

COVID-19ワクチンのブースター接種に関するCDCとFDAの見解

特に免疫不全で免疫応答が低下しておりCOVID-19による重病や入院、死亡に対して脆弱な集団には、追加接種の必要性についての強いエビデンスがあります。 ハイリスク集団に対するブースター接種は専門家はその価値を認めている一方、医療関係者等のエッセンシャルワーカーと一般人口に対する推奨には政府機関によって相違があります。  

機関 ハイリスク集団* エッセンシャルワーカー 一般人口
CDC 推奨 推奨 非推奨
HHS 推奨 推奨 推奨
FDA 推奨 推奨 非推奨

*免疫不全者および65歳以上の人

8月中旬、米国食品医薬品局(FDA)は、免疫不全者に対して、追加のファイザー社・ビオンテック社(BNT162b2)またはモデルナ社(mRNA-1273)のCOVID-19ワクチンの投与を承認しました。 それから1週間以内に、米国保健社会福祉省(HHS)は、FDAおよび米国疾病予防管理センター(CDC)からの承認と推奨を待った上で、すべての人にCOVID-19ブースターワクチンを推奨すると発表しました。 CDCは現在、ファイザー社・ビオンテック社またはモデルナ社のCOVID-19ワクチンを接種した中等度および重度の免疫不全者に対して、その保護を強化のために3回目のワクチン接種を推奨しています。

しかし、2021年9月17日に開かれた会議の結果、FDA諮問委員会は、現時点の科学的エビデンスは一般人口に対する追加のワクチン接種を裏付けるものではないと結論付けました。 これは現在接種済みのワクチンがCOVID-19による重篤な疾患、入院、死亡を防ぐのに依然として非常に効果的だからのためです。 科学的には、新しい変異株でもワクチンが意図どおりの効果を現わしているという意味で、これはポジティブなものとして捉えられました。 なお、このFDA諮問委員会の勧告は、広範なブースター接種の必要性を裏付ける多くの科学的エビデンスが明らかになった時点で再検討されるということです。

最近では9月22日に、FDAは65歳以上または重度の疾患のリスクが高く、少なくとも6か月前に2回目の接種を受けた人に、ファイザー社・ビオンテック社のCOVID-19ワクチンのブースター接種を公式に推奨しました。 また、医療従事者や第一対応者、そしてその他の特別な危険にさらされる仕事に従事している者もブースター接種を受けるべきと指定しました。 教員などの職業もこの集団に含まれます。

9月23日にCDCの予防接種実施諮問委員会(ACIP)は、65歳以上の人、長期療養施設の居住者および基礎疾患のある18〜64歳の人に対し、ファイザー社・ビオンテック社のCOVID-19ワクチンのブースター接種を推奨することを決定しました。 しかし、医療従事者、第一対応者、教員など、職業上または施設の環境によりCOVID-19感染のリスクが高い18〜64歳の人にブースター接種を行うことには反対を示しています。 より多くのエビデンスが明らかになった際に、同委員会はこの勧告を再検討するとしています。  

数時間後、CDCディレクターのロシェル・ワレンスキー医学博士は、ファイザー社・ビオンテック社のCOVID-19ワクチンのブースター接種を公式に推奨しました。 ただしこれは諮問委員会の結果とは異なっているものでした。 国の公衆衛生の利益が最優先であることに言及した上で、FDAの方針に沿って、職業上または施設の環境によりCOVID-19感染リスクの高い18~64歳の人もブースター接種の対象に含めるとしたのです。


ブースター接種のワクチンは、最初に打ったワクチンと同じである必要があるのか

CDCは現在、ファイザー社・ビオンテック社またはモデルナ社のいずれかのCOVID-19ワクチンを接種した人に、3回目の接種でも同じmRNAワクチンを接種することを推奨しています。 ただし、最初の2回の接種で使用されたmRNAワクチンが利用できない場合、または不明な場合、どちらのmRNAワクチンもブースター接種として適切だとしています。

一方、英国ドイツ、そしてスペインでの研究では、ウイルスベクターワクチンを2回接種した場合よりも複数の種類のワクチンを接種したほうが多くの抗体を産生することが示されているという初期の結果も出ています。 研究では、オックスフォード・アストラゼネカのウイルスベクターワクチンを使って1回目の接種で免疫系を「プライム」した上で、ファイザー・ビオンテックのmRNAワクチンによって2回目で「ブースト」しました。 各ワクチンタイプが免疫系の異なる領域を刺激するため、ウイルスベクターワクチン単独よりも強力な免疫応答を生み出すということです。

国立衛生研究所(NIH)では現在、ワクチンブースターの混合接種の安全性と免疫原性を判断するために、COVID-19ワクチンの混合接種スケジュールを調査する第1/2相臨床試験を実施しています。  


CASのCOVID-19関連リソース

ブースターは、個人が症候性感染を回避するのに役立つものではありますが、それ自体はCOVID-19パンデミックから抜け出す手段ではありません。 グローバル規模のワクチン接種とブースター接種、そしてマスクの着用とソーシャルディスタンスを通じた大規模な集団発生の防止で、COVID-19ウイルス変異株の先回りをすることが、感染と継続的なウイルス変異を最小限に抑えるためには依然として重要です。 COVID-19ワクチンや技術、そして技術革新の最新情報を入手するには、COVID-19リソースページに弊社の全出版物とデータセット、そして洞察が掲載されていますのでご活用ください。

 

 

次なる成長の波 - リチウムイオン電池のリサイクル技術

Zach Baum , Information Scientist, CAS

lithium ion battery recycling

10年ちょっとほど前のNature誌に掲載された論文に、「リチウムは新たなゴールドになるか」という問いかけがありました。 それはリチウムがリチウムイオン電池(LIB)に使用されていること、その反面埋蔵量と需要に不確実性があることに基づいた考察でした。 そして現在、リチウムイオン電池をリサイクルすることで生成され、豊富な金属を含む「黒い塊」は、今後リチウムイオン市場の新たな「ゴールド」になる可能性があります。 世界のLIB市場は合計で410億ドルの価値があり、2030年までには1,160億ドルを超えると予想されています。

2040年には、世界中で販売されるすべての自動車の58%が電気自動車になると予想されており、そこから生じる廃棄物の総量は800万トンに達する可能性があります。 それにもかかわらず、世界でリサイクルされるLIBは5%程度のみであると考えられており、環境と地球の鉱物埋蔵量に憂慮すべき影響を及ぼしています。

弊社のホワイトペーパーで解説しているように、これはLIBのリサイクルは、電池材料の金銭的価値の変動や、電池設計と材料そしてリサイクル工場内での技術的合致の欠如(そしてそれに関連したリサイクルに要する人件費)など、さまざまな要因によって制限されているためです。 リサイクルのメリット(原材料の安定確保、安全性、環境のメリットを含む)の収益化の欠如、および世界中の多くの地域におけるリサイクル規制の欠如も一因となっています。

リチウムイオン電池のリサイクルという挑戦に、我々は準備できているのか

リチウムイオン電池リサイクルには、挑戦の反面かなりの成長機会も潜んでいます。 たとえば、2019年の世界的生産量のうちリサイクル可能と推定される50万トンのバッテリーからは、次の原材料を回収することができます。15,000トンのアルミニウム、35,000トンのリン、45,000トンの銅、60,000トンのコバルト、75,000トンのリチウム、そして90,000トンの鉄。これによって、原材料の安定確保に加え、大きな経済的および環境上の利益がもたらされます。

弊社のホワイトペーパーでも論じているように、リチウムイオン電池のリサイクルへの関心は急速に高まっています。これは「黒い塊」に対する一般的な関心が急上昇していることからも明らかです。 CASコンテンツのコレクション™により、リチウムイオン電池のリサイクルに関する過去のジャーナルや特許公報に対する独自の考察が得られるようになりました。それにより、充電式電池の新たなトレンドの発見や、使い捨て材料の転用、そして将来の機会の予測などが可能になっています。

現在のリチウムイオン電池のリサイクル方法

大抵の場合、LIBの処理には湿式製錬法と乾式製錬法の組み合わせが用いられています。ただ、ダイレクトリサイクルの人気も高まっています(これについては後述)。 湿式製錬では、溶液(主に水溶液)を用いて電池材料から金属を抽出および分離します。 乾式製錬では、熱を使って電池材料に使用されている金属酸化物を金属または金属化合物に変換します。 ダイレクトリサイクルとは、陰極素材を取り除いて再利用または再生する方法です。

LIBリサイクルの3つの方法
図1. LIBリサイクルの3種類の方法の概要 


リチウムのリサイクル分野で増加している研究トレンド

世界の科学出版物の発行部数は過去10年間で着実に増加している一方、リチウムのリサイクルを題材にした出版物の年間増加率(32%)は、科学出版物全体の増加率(年間4%)をはるかに上回っており、関心が台頭してきていることが窺えます。

この結果と符合するように、LIBリサイクルの3つの方法すべてを含む出版物が過去10年間で全体的に増加しているほか、近年では大幅に増加しています(図2)。特に、中国がジャーナルと特許の両方で圧倒的多数を占めています(出版物の約90%、図3)。

リサイクル方法別の出版物の発行部数、2010〜2021年
図2. リサイクル方法別の出版物の発行部数、2010〜2021年


 

国/地域別のリチウムイオン電池リサイクルの出版物、2010〜2021年
図3. 国/地域別のリチウムイオン電池リサイクルの出版物、2010〜2021年


具体的に用いられるプロセスに関しては、湿式製錬が2015年以降乾式製錬を大幅に上回っており、また同様の動きとしてダイレクトリサイクルも最近大幅に増加しています(図2)。 また、これまで研究が少なかった部分に対する研究への取り組みも多く見られます(図4)。例えばLIBコンポーネント(これは包括的なリサイクル管理の視点の現れの可能性を示唆しています)、そしてLIBの分解などについてです。 これは、リサイクル可能な材料の量の最大化という点では望ましいことであると言えます。

非陰極材料の回収とリサイクル工程の最適化を研究している出版物
図4. 非陰極材料の回収とリサイクル工程の最適化を研究している出版物


世界の電池リサイクル能力

現在のLIBリサイクル能力は東アジアに集中しており、中国が世界のリサイクル能力の半分以上を占めています。残りはほぼヨーロッパです(図5)。 今後リサイクル能力は現在提案されているLIBリサイクル施設によって約25%増加します。確定している新リサイクル能力のほとんどは北米に集中しています。 現在リサイクル能力がある場所は、LIBリサイクル規制の影響と一致している一方、将来のリサイクル施設の場所は、経済的要因と沿った形になっています。

設置済みおよび計画中の世界のリチウムイオン電池リサイクル施設、2021年11月現在
図5. 設置済みおよび計画中の世界のリチウムイオン電池リサイクル施設、2021年11月現在

 

世界のリチウムイオン電池のリサイクル規制

全体として、リチウムイオン電池のリサイクル規制は増加傾向にあり、多くの国がリサイクル方法の研究に資金を提供しています。さまざまな国でリチウムイオン電池のリサイクル法が制定されている中、中国と欧州連合はLIBリサイクルに関する包括的な規制フレームワークを有するか、または制定中です。 リチウムイオン電池リサイクル管理に対する関心の高まりと相まって、世界のリチウムイオン電池の使用が増え続けている中(電気自動車、携帯電話などのため)、これらの調査結果は将来にとって心強いものとなっています。

リチウムイオン電池リサイクルの研究トレンドの概要については、CAS Insights Reportをお読みください。世界的な規制と経済的利益を評価し、LIBリサイクルの現在および将来の世界的な状況についての洞察を提供します。

より環境に優しい未来 - リチウムイオン電池と水素燃料電池

Zach Baum , Information Scientist, CAS

picture of car being fueled with hydrogen

20世紀半ばから後半にかけて、大気中の温室効果ガスの濃度が上昇し続けています。その結果、日々の天気からでも気候変動を検出できるほど、現在の温暖化は進行しています。 世界最大規模の経済大国は、現状では化石燃料に大きく依存しているため、依然として大量のCO2を排出しています(図1)。

長期的な二酸化炭素排出量の増加を示すグラフ
図1. a) 長期的な二酸化炭素排出量の継続的な増加 b) 世界で排出量が最も多い上位6か国のCO2排出量 出典:
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より環境に優しいエネルギー源を求める継続的な取り組みにおいて、リチウムイオン電池と水素燃料電池は、研究にとっても恩恵が多く、また公共の関心も非常に高まっている2つの技術です。 リチウムイオン電池と水素燃料電池の業界規模は、今後10年以内にそれぞれ約1170億ドルと2600億ドルに達すると予想されています。

リチウムイオン電池への関心の主な推進力は、電気自動車や家電製品、そしてその他の用途が爆発的に成長していることです。一方、H2(水素)はエネルギー源および貯蔵媒体として、輸送や建築物へのエネルギー供給のほか、可逆システムのグリッドでの長期的エネルギー貯蔵などの用途で活用されています。 どちらの技術も、電力供給の脱炭素化において重要な役割を果たすことが期待されています。

CAS コンテンツのコレクション™を使った分析が示しているように、リチウムイオン電池水素燃料電池に関する過去10年間の研究の多くは、現在の課題やその利用における障壁の解決に焦点を当てています。その一部については、本稿でも考察します。 これらの技術が私たちのエネルギー利用方法を変革し、そしてより環境に優しい未来への橋渡しになるのなら、この研究は不可欠です。

リチウムイオン電池と水素燃料電池、より有望なのはどちらなのか

どちらの技術においても、その重要な用途のひとつは輸送ですが、その点ではリチウムイオン電池に比べて水素のほうがエネルギー貯蔵密度が高い上、重さが軽く、必要な容量も小さいため、表面的には輸送関係では水素燃料電池のほうがより有望であると主張できるように見えます。 また水素燃料式の自動車のほうが、リチウムイオン電池搭載の自動車よりも迅速に燃料補給ができます。 ただし、水素燃料電池にも欠点がないわけではありません。H2でエネルギーをパッケージ化する過程で、推定ではH2の蓄積エネルギーの最高60%までが失われてしまいます。これは、リチウムイオン電池と比較して約3倍に相当するエネルギー損失になります。

とは言え、どちらにも無数の用途が存在するため、直接的に比較することは複雑です。 それにこの視点では、両技術に対する現在進行中の研究や、より広範囲な次元でのコストやメリットといった部分が無視されています。 CAS コンテンツのコレクションを検索することにより、表面的な部分だけではなく掘り下げた調査が可能になり、リチウムイオン電池と水素燃料電池の現在の用途や用法と、将来的な用途や用法をより深く理解することができるようになります。

リチウムイオン電池の使用における課題

リチウムイオン電池の製造と廃棄は、常に政治的および環境的懸念の対象でした。それに関連して発生する相当な汚染と、リチウムその他の重要資源を使った再生不可能なエネルギー資源への懸念も残っているためです。

スマートフォンやその他家電製品用のリチウムイオン電池の廃棄量の急速な増加と、それと並行した電気自動車の爆発的な増加(と電池サイズの増大)により、エネルギーの浪費と再生不可能なエネルギー資源への依存がますます顕著になっています。 実際、2040年には、予想では世界中で販売される全自動車の58%が電気自動車になり、そして発生する廃棄物の総量は最大800万トンにもなるとされています。 そのため、リチウムイオン電池に関する最近の研究の多くは、汚染を減らし、鉱物の埋蔵量減少を鈍化させるため、どのようにリサイクルするべきかというところが焦点となっています。

現時点ではリチウムイオン電池のリサイクルは世界全体で約5%のみに留まっています。その理由として、多くの制限があることです。例えば、電池材料の金銭的価値の変動や、電池設計、材料そしてリサイクル工場内での技術的収束の欠如(そしてそれに関連したリサイクルに要する人件費)、ざまざまなリサイクルのメリット(原材料の安定確保、安全性、そして環境上のメリットも含む)に対する収益性の欠如、そして世界中の多くの地域におけるリサイクル規制の欠如など、です。

水素燃料電池の使用における課題

水素燃料電池のコストは高額で、これは主にプラチナを使っているためですが、それ以上の最大の課題は、H2の貯蔵(および輸送)の難しさです。 実際、消費者向けの燃料としての水素の成功は、強度の高い水素貯蔵材料の発見と、洗練された安全な輸送システムの開発に直接依存しています。

主な研究トレンド - リチウムイオン電池

上述のように、リチウムイオン電池の研究で特に大きく脚光を浴びているのはリサイクルです。これは、リチウムイオン電池に関連した汚染や廃棄物および限られた鉱物の埋蔵量といった現在の問題に対処するためです。 このテーマに関する年間刊行物の増加率(32%)は、科学刊行物全体の増加率(年間4%)をはるかに上回っており、関心が拡大していることを示唆しています(図2)。

リチウムイオン電池のリサイクルに関する刊行物のデータを示すグラフ
図2. リチウムイオン電池のリサイクルに関するジャーナル記事と特許出版物(2021年のデータは一部のみ)


喜ばしいことに、これまで研究が少なかった部分に対する研究への取り組みも多く見られます(図3)。つまり、リチウムイオン電池の各コンポーネントに関する研究(これはよりホリスティックなリサイクル管理視点の現れを示唆している可能性があります)と、分解に関する研究です。これはリサイクル可能な材料の量を最大化させるという点で、環境的に望ましいと言えます。 陰極素材を取り除いて再生し、新しい電池に再利用するダイレクトリサイクルに対する関心も高まっており(図4)、他のリサイクル方法よりエネルギーコストと試薬コストが下がる可能性があります。

電池リサイクルにおける非陰極材料の回収に関する研究の出版物を示すグラフ
図3. 非陰極材料の回収とリサイクル工程の最適化を研究している出版物
2010〜2021年の電池のリサイクル方法に関する出版物の数を示すグラフ
図4. リサイクル方法別の出版物の数、2010〜2021年。 乾式製錬は、熱を使って電池材料に使用されている金属酸化物を金属または金属化合物に変換する方法です。 湿式製錬は、溶液を用いて電池材料から金属を抽出(浸出)および分離する方法です。 ダイレクトリサイクルとは、陰極素材を取り除いて再生し、新しい電池に再利用する方法です。


主な研究トレンド - 水素燃料電池

1997年以降、水素燃料領域の特許の件数は安定して増加しており、この技術に世界的な関心が高まっていることを示しています(図5)。 心強いことに、水素の貯蔵は、過去10年間ずっと注目されている主要トピックになっています(図6と図7)。水素に基づいた経済の発展は、この気体を貯蔵そして輸送できるかということに大きく依存しています。それができなければサプライチェーンを確立できないためです。

水素燃料分野の特許刊行物の経時的変化を示すグラフ
図5. 水素燃料分野の特許刊行物の経時的変化 登録組織数は折れ線の色と太さによって表されます。 出典:
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水素燃料分野の刊行物に対する注目のトレンドを示したグラフ
図6. 水素燃料分野のジャーナル文献と特許に対する注目のトレンド 出典:
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水素燃料分野の主要なイノベーションの領域を示すグラフ
図7. 幅広い業界分野における水素燃料分野の主要なイノベーションの領域 出典:
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水素貯蔵の次は、脱水素法になっています(図6)。これは2012年以来2番目に多いイノベーション分野となっています。 脱水素法を使用すると、貯蔵と輸送インフラがすでに存在している、アンモニアなど液体の水素キャリアから水素ガスを抽出することができます。 すなわちこれは、水素の広範囲利用のための重要な解決策となる可能性があります。 進行中の研究が目指していることとしては、Haber-Bosch工程(アンモニアの場合)などキャリアから水素を抽出するのに必要なコストのかかる工程の効率を上げること、またはよりエネルギー効率の高い代替案を見つけること、などとなっています。


今後の展望

より環境に優しい未来の実現に向け、世界のエネルギー利用の変革に役立つかもしれない2つの主要な技術、リチウムイオン電池と水素燃料電池。CAS コンテンツのコレクションによって、それらの潜在能力を引き出すための進行中のさまざまな研究における主要な研究動向を探索することができました。

さらに、研究はこれらの技術と関係がある現在の主要課題を解決することに焦点を合わせているようです。リチウムイオン電池の場合はリサイクル分野で研究は恩恵を受けており、水素燃料電池の研究においては水素の貯蔵が主な対象分野になっています。

これら2つの主要技術における経済、政治、環境および研究環境の動向に関するより深い洞察については、リチウムイオン電池のリサイクル水素燃料電池のホワイトペーパーをご覧ください。

気候変動の解決に核エネルギーは不可欠か

Gilles Georges , formerly served as Vice President and Chief Scientific Officer at CAS

 

グリーンエネルギーは、世界的なエネルギーミックスの枠組みの中で最も急速に成長している分野としてその普及が進んでいるものの、効率と生産能力というハードルもあり、従来の高炭素型エネルギー選択肢には到底及びません。 こういった制約が、グリーンエネルギーが主流のエネルギー選択肢になることを阻んでいます。 では、グリーンエネルギーの大規模導入が実現するまでの間、そのギャップを縮めることのできる、CO2を排出しないスケーラブルエネルギー源としては、他に何があるでしょうか。 核エネルギーは、そのカーボンフリーの特性や実証済みの効率とスケーラビリティから、移行段階での候補のひとつとして、またはもしかすると将来的に広く受け入れられる可能性のある代替エネルギーの選択肢となり得るでしょうか。 

排出ガスゼロということに加え、現在約450基の原子力発電所がフル稼働している期間は90%を超えています。それに対し石炭は50%、そして太陽光発電は25%になっています。 にもかかわらず、世界の総電力需要のうち、原子力発電所による電力供給はわずか10%に過ぎません(図1)。 なぜ核エネルギーはこの間、もっと早い成長をしてこなかったのでしょうか。

2021年の電力供給源を示すグラフ
図1. 供給源別の電力生産の割合、2021年。 

エネルギー生産の選択肢として実績があり経済的でありながら、放射能によるリスクや環境への影響などから、核エネルギーには物議を醸すイメージがつきまといます。 チェルノブイリや福島の事故により、核分裂には完璧な管理と警戒が必要とされること、そしてごく小さな事故でも大惨事になり得ることを思い知らされました。 

核反応と放射能 

18,000を超える原子炉・イヤー(年)の実績を踏まえると、原子炉テクノロジーは十分に確立され、多様化されているだけでなく、数十年にわたる技術改良の恩恵を受けて、現在の原子炉はより安全で信頼性も耐久性も高く、効率的になっています。 

原子力発電では、ウランの同位体、主に238Uと235Uの混合体を燃料として使用しています。ほとんどの商用原子力発電所では、燃料として235Uの濃度が3~5%程度の低濃縮ウラン(LEU)が使用されています。これに対し、兵器級の用途に必要な高濃縮ウラン(HEU)は、235Uの濃度が~90%になっています。  

ウラン濃縮の反応図
図2. ウラン濃縮 - ウラン235同位体の濃度が0.3%から3%に増加する。

原子炉にLEU燃料として入った235Uと238Uは、図3に示すように2つの異なった原子変換経路をとります。燃料、この場合238Uですが、これが中性子を吸収すると核分裂性物質239Puに変化します。同様に、239Puと235Uも核分裂してより小さな原子核、すなわち核分裂生成物になります。 核分裂反応によってそれぞれ3個の中性子が放出され、同時に熱と電離放射線という形で大量のエネルギーが放出されます。

核分裂反応の図
図3. 核燃料の核分裂反応。

この原子の変換や崩壊は恵みであり、呪いでもあります。 恵みなのは、その少ない量の燃料の割に、膨大なエネルギーを生み出され、それを熱交換器や高圧水力タービンで取り出して電気を生み出せるためです。 そして呪われているのは、変形に伴う原子崩壊が電離放射線や粒子、つまり総称して放射能と呼ばれるものを生成させるからです。 発電のための原子炉内の放射能は望ましいものですが、この放射能は「使用済燃料」と呼ばれる燃料廃棄物の中に残留するため、これをきちんと封じ込めて制御しないければ、有害なものになります。 

原子炉内で3~5年間核反応を続けると、核分裂性同位体の燃料の濃度は、やがて発電目的の連鎖反応を維持するのに必要な最低レベルを下回るようになります。 使用済燃料は原子炉から抜き取られ、「高レベル」放射性廃棄物(HLW)として分類されます。 HLWは放射性廃棄物総量の3%に過ぎませんが、廃棄物全体の放射能の95%を占めています。 そこで、HLWは世界中の放射性廃棄物管理戦略の大きな焦点になっています。   

1000MWeの平均的な原子力発電所(これは100万人以上の需要を満たすのに十分な供給量です)では、年間25〜30トンのHLWが生成される一方、炭素排出はゼロです。 それに対し石炭火力発電所では、年間30万トンの灰と600万トン以上のCO2が大気中に放出されます。 ただし、使用済燃料の再処理と再利用で核廃棄物の量と放射能レベルを減少させれば、有害廃棄物管理というこの複雑な課題の対策になるのです。

使用済核燃料のリサイクル選択肢

使用済核燃料の再処理技術は、1940年代後半から存在しています。 十分に理解されており、また技術的にも実績がありますが、再処理に投資を行っている国はごくわずかです。 使用済核燃料の再処理と再利用を行っている主要2か国は、フランスとロシアです。 平均して、使用済燃料廃棄物の約95%がウラン(大半が238U)、1%がプルトニウム、残りは原子番号が小さい多種多様な核分裂生成物とマイナーアクチニドです(図4)。 使用済燃料の再処理技術により、ウランとプルトニウムの同位体を他のアクチニドや核分裂生成物から分離することができます。  

PUREX核分離プロセスの図
図4. PUREXは使用済燃料を3つの相に分離する。 


再処理の選択肢における主流はPUREX(プルトニウムとウランの還元抽出)と呼ばれる方法です。 PUREXでは、湿式製錬分離技術により使用済燃料を3つの相に分離します。

  1. ウラン同位体
  2. プルトニウム同位体
  3. マイナーアクチニドを含む核分裂生成物 

この第3相は、これらのマイナーアクチニドと高放射能の中寿命核分裂生成物(つまり半減期が約30年の90Srと137Cs)が存在するため、HLWとみなされます。 PUREXの最大の利点は、従来は廃棄物とされてきた使用可能なウランを大量にリサイクルし、HLWの量を大幅に削減できることです。 

PUREXは廃棄物の量を減らす一方、その放射能には対処しません。 また、239Puを他のアクチニドから分離するため、核兵器拡散の懸念も発生します。 

このHLWの放射能とプルトニウム拡散のリスクに対処するため、改良型のPUREXプロセスが世界中で提案され、実施されています。 これら改良型のPUREXは、239Puをマイナーアクチノイドと混合することで兵器への転用を防ぐ一方、燃料として許容可能なレベルの再処理アクチノイドの混合物にします。 また、他の改良型として、ウランやプルトニウム、そして超ウラン(ウランより原子番号の大きい元素)を混ぜ合わせ、廃棄物は核分裂生成物だけになるようなものもあります。

使用済燃料棒を原子炉から取り出しても、そのウランの90%以上がまだ「不焼成」であることを考えると、HLWリサイクルは理にかなっていると言えます。 未使用のウランやプルトニウムをリサイクルすることで、最高25~30%の電気が得られます。 2020年末時点で、商用原子炉から全世界で40万トンの使用済燃料が発生し、そのうち約12万トン(30%)が再処理され、核燃料として再利用されています。  


原子炉設計の進展

最近の原子炉設計の進歩により、エネルギー生産効率と安全性は向上しています。 CAS コンテンツコレクション™ では、特許と文献における活動が2018年以降大幅に増加し、新たな関心が高まっていることを示しています。これは、主にアジアの組織が牽引してきています(図5aと5b)。  

原子力技術の特許譲受人の上位
図5a. 2000年以降の原子力技術の特許譲受人の上位。
2000年以降で原子力関連文献の出版件数が最も多い組織
図5b. 2000年以降で原子力関連文献の出版件数が最も多い組織。


図6は、新しい先進的な原子炉の設計に関連する出版物の量を示しています。 このデータから、新しい原子炉技術に関する研究活動が活発になっていることが確認できます。  

原子炉設計の種類別の文献出版量のグラフ
図6. 先進的な原子炉の設計とその文献出版量の関連性。

 

核エネルギーの将来性 

核エネルギーの復興は長年のテーマですが、いくつかの障害や課題がまだ残っており、数十年前の核エネルギーの希望と約束を果たすことを、今もなお困難にしています。 多額の初期投資、変化する規制、コスト超過、政治の分極化などにより、新規原子力発電所の実現は10年に及ぶ紆余曲折の道のりになっています。 原子力の利点と可能性が証明され否定できないものであるにもかかわらず、政府や投資家にとっては、こういったことが核エネルギー推進への大きな妨げとなっています。  最近のウォール・ストリート・ジャーナルの記事でもこの課題が論じられているほか、原子力技術分野の最近の進展も紹介されています。

カーボンフリーなエネルギー源の必要性、新しい原子炉技術の進歩、使用済燃料の新しいリサイクルと再利用の方法などにより、グローバルな気候変動という課題に立ち向かうために、まだ核エネルギーは重要な武器として台頭してくる可能性を秘めています。 



(科学的な助言をしていただいたElaine McWhirter氏に謝意を表します )


原子力アニメーションの参考文献

IAE, World Energy Outlook. https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2022 (アクセス日 2023-01-09)

World Nuclear Association. https://world-nuclear.org/nuclear-essentials/how-can-nuclear-combat-climate-change.aspx (アクセス日 2022-09-09)

NEK. https://www.nek.si/en/longevity-for-sustainability/production-performance/high-energy-density-of-uranium-is-one-of-key-advantages-of-nuclear-energy (アクセス日 2022-09-09)

World Nuclear Association. https://www.world-nuclear.org/information-library/nuclear-fuel-cycle/fuel-recycling/processing-of-used-nuclear-fuel.aspx (アクセス日 2022-09-09) IAE,

World Energy Outlook. https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2022 (アクセス日 2023-01-09)

 

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